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極細の屋台骨が折れた日本の教育界

 国立大学を縛り上げていた文科省が,

 私立大学に対して想定問答集まで与えて,省ぐるみで国家公務員法に違反する行為を行っていたことは,

 日本の何を象徴しているのだろうか。

 利己的な国家公務員とそのOBが,教育も道徳も無価値に見える社会に日本を変質させようとするねらいは何か。

 いじめの聞き取り調査では,口裏合わせをさせないような機動的な調査が求められるが,

 これからは,文科省の人事課というお役所の人たちが行っていた方法を真似るケースが増えていくのだろうか。

 行政の人間なら,それも霞ヶ関の人間なら,絶対に口にできない言葉があったはずである。

 「法律をよく知らなかった」

 「自分の行為が法令に違反しているとは思わなかった」

 という言い訳ができる官庁が,日本にあったとは驚きである。文科省レベルなら仕方がない,とは言えない。

 もしそれで事務次官などという地位につき,8000万円もの退職金を手に入れて「もらい逃げ」することができるとしたら,

 日本はもはや法治国家ではなくなってしまう。

 立場を利用して甘い汁を吸う人間がいるのは,もちろん日本だけではない。

 お隣の国との共通性が滲み出てくるような出来事であった。

 骨が折れ曲がったテントをそのまま露出しておくのか,どうか。

 穴の空いた天井から,どのような景色が見えているのだろうか。

 国家公務員が法令を守らない国の政府が語れる道徳や正義とは何か。

 拷問は「効果がある」と発言する新大統領がいる国と一緒に自滅しないですむ進路を探ってもらいたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より