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言い出しにくいことほど,問題の原因になっている場合が多い

 よりよい教師をめざして研究しているのに,ろくでもない指導を受け続けてしまう大学生や大学院生がいるとする。

 この人たちを救えるのはだれだろうか。

 現場の教師として採用されない原因はさまざまあるだろうが,採用されなければ,実害は社会に及ばない。

 仮に採用されてしまった場合,どうやって「本当の教育のあり方」を学び取ることができるのだろうか。

 「答えは現場にある」というのが,現場教師から言える唯一のことである。

 「現場」は「教育現場」一般もそうだが,基本的には自分の職場である。

 そこで学んだことが,次の異動先の職場に生きるとは限らない。

 しかし,「生かせる」ことを前提としているから異動というシステムが続いている。

 常に新しい環境では新しいことを学び続けようとする姿勢が教師には必要である。

 現場には,新たな問題のタネが転がっていたりもする。

 大学でもそうだったかもしれないが,「一番指摘しにくい人が問題をもっている」という大問題がある。

 「組織をどう生かしていくか」を考えるときに,最大のネックは人にある。

 「組織の中心」こそが問題だったりする。

 「学校をよりよくしていこう」と考えるときに,最大のネックは教師にある。

 言い出しにくいことほど,問題の根本的原因だったりするのは,何も学校現場だけではないだろう。

 しかし,そこは,堂々と指摘しなければ前に進めない。

 「改革することが大事だ」と言っている本人ほど,実際には過去のことにこだわっていたりすることも多々ある。

 自分ができないことをやろうやろう,と言っている人は近くにいないだろうか。

 「片付けろ,片付けろ」と口うるさい人の机が一番汚らしかったりする。ネックはこういう人間である。

 言い出しにくい問題を解決するときには,「自発的なまとまり」という新しい組織が必要になる。

 だれかに支持を受けない。

 だれかの影響力を期待しない。

 自分たちの意思で,意見をぶつけ合える人同士で集まって,新しい組織をつくる。

 自分たちは,だれからも指図を受けずに集まったのだ,という自覚をもった人間の組織が重要である。

 自分たちが納得のいく成果を出せるかどうかを徹底的に追究し合える人間を一人でも増やしていきたい,そういう自覚をもち続けることが,「勘違い人間」に対抗し,子どもを守っていくための重要な条件である。


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コメント

そうなんですよね~、最大のネックは人、です。
応援しておきました。ポチッ

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より