ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 極細の屋台骨が折れた日本の教育界 | トップページ | 直葬・0葬 VS 永遠葬 »

学習指導要領に「竹島・尖閣は領土」と明記することの意味

 領土をめぐる対立は,戦争の代表的な原因の一つであった。

 日本は,憲法で「戦争放棄」をうたっているので,戦争は起こらない,と断言できる人はいないはずである。

 中韓を刺激する「異なる歴史意識の教育」は,外交的な戦略の一つなのかもしれないが,

 「道徳的」には,そういう国と同じように起こしている「不正」を素知らぬ顔で行い続け,

 国家公務員法に背いていることを誤魔化す想定問答までつくっていた文部科学省が発表するというのは,
 
 本当に笑えない話である。

 学習指導要領に日本の領土を明記することに,どのような意味があるのか。

 報道されている記事にあるように,今でも学習指導要領解説には示されており,

 教科書にもすでに記載されている。

 しかし,学習指導要領解説には法的拘束力がなく,教科書は「主たる教材」に過ぎない。

 法的拘束力のある学習指導要領に明記することで,

 「学習指導要領に反する領土教育をした教師」を処罰することができるようになる。

 これが最大の狙いである。

 「アクティブ・ラーニング」バブルのおかげで,共産主義的な考え方の教師が,資本主義社会を否定したくなる人間を育てるための教育を行いやすくなっている。

 自由主義,資本主義が「悪」である,という共通認識の広がりは,できたら避けていきたい。

 トップが遊びのために組合費を使うような教職員組合の組織率の低下は今後も続いていくと思われるが,だからといって,「公務員の特権」が世の中で一番大事だ,という認識をもつ人間が増えないとは限らない。

 省の「天下り先」の確保と拡大,利権拡大という組織のための政策をやっていることが見え見えでも,

 失ってはいけないものがある。

 一人一人の教員の良心である。

 「お前たちは将来,低賃金労働者になるんだから,深い学びなどする必要はない」と主張するような大学のセンセイの方を向く教師たちを増やさないことも大切だ。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 極細の屋台骨が折れた日本の教育界 | トップページ | 直葬・0葬 VS 永遠葬 »

教育」カテゴリの記事

ニュースより」カテゴリの記事

学習指導要領」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

歴史学習」カテゴリの記事

社会科」カテゴリの記事

社会科教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

グローバル人材」カテゴリの記事

アクティブ・ラーニング」カテゴリの記事

教員採用試験」カテゴリの記事

リスクマネジメント」カテゴリの記事

指導主事」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 学習指導要領に「竹島・尖閣は領土」と明記することの意味:

« 極細の屋台骨が折れた日本の教育界 | トップページ | 直葬・0葬 VS 永遠葬 »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より