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1時間座ったままでいると寿命が22分縮む

 耳石というものの存在を初めて学んだのは,中学生だろうか。

 記憶に残りにくかったのは,その存在意義の理解が薄っぺらだったからだろう。

 「1時間座ったままでいると寿命が22分縮む」と聞くと,毎日6時間くらいほとんど座ったままで,

 それを10年以上も続けている人はドキドキするかもしれない。

 記事によれば,歩くことより,「立ち上がること」が大事らしい。

 教員は,1日6時間くらいは立って過ごす。

 部活動の指導の時も,40代くらいまでは「座って行う」など考えられなかった。

 私の転機は指導主事になってことで,おそらく寿命は10年くらい縮まってしまっただろう。

 その分を後の12年で取り戻せたかどうか・・。

 学校も管理職になると,とたんに不健康になるが,

 事務作業は「立ったまま行う」というのもよいかもしれない。

 ふと生徒に目を向けると,座っている時間が圧倒的に多い。

 自分もそうだったが,改めてふり返るとあまりにも不自然な時間である。

 もちろん,立ち歩き可が論外であることは言うまでもない。

 「歩きながら考える」姿が一人前になるような将来をつくってあげたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より