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« 「学級崩壊が見られない」学校が迎える可能性のある「本格的な学級崩壊」 | トップページ | テストの点数を高めるための「価値ある情報」とは? »

勉強しているのにテストで点数がとれない子どもの学力を親が高めてあげる方法

 中学校で保護者との面談をしていると,

 「子どもが学校のことを全く話してくれない」という愚痴をよく耳にする。

 20年以上前から同じような相談が多い。

 これからは,子どもに対して,

 「どのような質問をされていますか?」

 とお聞きしてみようと思う。


 すべての生徒にあてはまるわけではないが,テストで点数がとれない中学生の中には,

 「学校であったことは本当によく話してくれる」というタイプがいる。

 「話好き」がすべて「点数がとれない」というわけではない。

 「話好き」の中には,「相手の質問に答えようとせず,自分が言いたいと思ったことだけを言う」タイプがいる。

 
 もし,「話好き」の子どもだったら,

 「この子は人の話を聞けるタイプだろうか」

 「コミュニケーションがとれるタイプだろうか」

 と自問し,確かめてみてほしい。

 三者面談をすると,親子ともどもコミュニケーション能力に課題があるというケースもある。

 
 
 面談では,「勉強はしているようなのに,テストで点数がとれない。どうしたらよいか」

 という質問も少なくない。

 親は,「勉強のやり方が悪い」という納得の仕方をする。

 だから「どうしたらよいか」という質問は,

 「テストで点数がとれる勉強の方法を教えてほしい」という意味にとらえて答えなければならない。

 
 「人の話を聞かない話好き」のタイプは,

 「書いてはあるが的外れ」の誤答が多い。

 「問題文をよく理解してから解くように」というのが一般的なアドバイスである。

 
 「理解しているかどうかが全くわからない」のは,無解答が多い生徒。

 学力調査を行うと,日本ではこういうタイプが国際的に見て多いはずである。

 「適当なことは書かない」という信条を学校が育ててしまっているからだろうか。

 中には,質問の意味はわかるが,答えがわからない生徒もいるが,

 質問の意味もわからない,という生徒もいる。

 家で学校のことを話さない。テストでも答えを書かない。

 こういう子どもが心配になるのも無理はない。 

 
 冒頭の話に戻る。

 親は,家庭の会話で,「単語で答えられるタイプの質問」をできるだけ減らすべきである。

 「いつ」「だれ」「何点」などと答えれば会話が成立してしまうような質問を避ける。

 また,「漠然とした問い」をなくすべきである。

 「今日はどうだった?」

 子どもからすると,何を話せばよいのかわからない。

 もちろん,親子の「長い歴史」から,「授業の理解度」「いじめの有無」などが問われていることがわかる子どももいるだろうが,

 他人が親の質問を聞いても,その質問の意図することが理解できるような質問をすること・・・・

 日本人の高度なコミュケーション能力が,実は

 記述式の問題を解くときの弱点(書かなくてもわかるはずという思い込み)に直結していることに気づいてくれると,

 「これは省いてもいいはず」と見なしてしまう部分を書けるようになる。

 つまり,文章にしたときに,第三者が聞いていてもわかりやすように話すという練習を親子の会話ですることで,書くことが不得意という子どもの弱点が少しずつ克服できるだろう,というのが私の予想である。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より