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「化石」となった大学ではできないこととは?・・・ミネルバ大学の「大学らしさ」

 キャンパスはない。

 豪華な研究施設もない。
 
 スポーツチームは持たない。

 ミネルバ大学が学費を安くできる理由として挙げられていることである。

 私が注目したこの大学の「すごさ」は,

 オンラインでの授業中に,最先端のテクノロジーを生かしたシステムが学生一人一人の音声を認識して,教員のパソコン画面上で発言頻度に応じて学生を色分けされるなど仕組みがあること。

 発言不足の学生を狙い撃ちして,教師が授業の理解度を測定していく。

 実は日本の教師は,教室で全く同じことができている。

 それでも,「評価」を「記録」に残すことが難しい。

 私は以前,ある企業にほぼ同じシステムの構築はできるか?と質問したことがあるが,当時は「無理だ」と言われた。それは,やはり日本語自体の難しさに原因があるらしい。

 オンライン授業では,教師が指定したグループで議論を行うこともある。

 授業を受ける学生の側が勝手に作る「仲間」では,教師が意図したい「議論のさせ方」が実現できないので,教師がグループづくりの主導権・決定権を握るのはとても重要なことである。

 同じレベルの学生のグループや,意見が異なる学生同士で議論できるグループなどを任意につくることができる。

 単位の大半を大教室の講義で終始する授業でとるような「化石」大学では,未来のリーダーは育たない,という主張には説得力がある。

 (週刊東洋経済12月24日号の特集より)

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より