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「学級崩壊が見られない」学校が迎える可能性のある「本格的な学級崩壊」

 「学級崩壊」とはどのような状態なのか?

 「家庭崩壊」とどのような共通点と相違点があるのか?

 子どもたちの心がどんどん蝕まれていく「家庭崩壊」と異なり,

 「学級崩壊」状態の子どもはとても生き生きしている場合がある。

 恐ろしいのは,教師自身が「崩壊」していることに気づけない場合もある。

 教室に自分以外の大人がほとんど入らない,小学校という特殊な教育現場で起こりやすい「学級崩壊」は,「家庭崩壊」と同じようなニュアンスで捉えられている可能性がある。

 子どもは「子ども」らしく育っているが,大人の方が「親」や「教師」らしくない。

 親の方が家庭が崩壊していることに気づけないことが本当にあるのかと疑問に思われる方もいらっしゃるだろうが,現場の教師をしていると,「気づかないふりをしているだけでいてほしい」と願うケースに接することが多かった。

 問題行動を起こす子どもの親の中には,

 「自分もそうやって育てられて,何の不満もなく,悪いこともしなかったのに」と疑問に思う人が少なくない。

 「ちゃんとお金はあげていたのに」

 ・・・・学級や家庭はどうあるべきなのか?

 教師や親の役割とは何か?

 そこから教育の問題をとらえなおさないといけない時代である。

 あるブログで,「学級崩壊が見られない学校」の紹介がされていたが,内容を読ませていただくと,

 これからちゃんと崩壊が起こる準備を着々と進めている学校のように思えた。

 むしろ,実際には崩壊しているのかもしれない。

 授業中に,生徒が一言も私語をしない?

 生徒は「生きて」いるのだろうか?

 親が教師の前で問題を起こした子どもを殴る?

 虐待・暴力の現場を目撃した教師が果たすべき義務とは?

 法治国家以前の「教育」レベルの地域では,「学級崩壊」や「家庭崩壊」以前に,

 「人間」が崩壊していく。

 「学級崩壊」があった方が,子どもが本当の「生きる力」を身につけられる可能性があるとさえ感じてしまった。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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