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子どもの学力は「おしゃべり」では向上せず,「対話」でこそ向上する

 授業で子どもが話し合い活動に熱中している場面を想定してみよう。

 教師が聞き逃せない言葉の一つは,内容に関するキーワードがどのように使われているかであるが,

 話し合いそのものがうまく進んでいるかどうかを確かめる手がかりはどこにあるのか。

 それは,「接続詞」の使い方である。

 小学校では,発表・発言のルールといった文脈で,こういう言葉から始める,という事例が黒板のヨコに大きな字で掲示しているところもあった。

 小学校くらいで丁寧に指導されていると,中学校では話し合いがスムーズになる。


 接続詞は,論理系,整理系,理解系,展開系に分けられる(『「接続詞」の技術』石黒圭著,実務教育出版)。

 論理系は順接と逆説,
 
 整理系は並列と対比と列挙,

 理解系は換言,例示,補足,

 展開系は転換と結論。

 「だから」「でも」しか会話に出てこないグループは,話し合いが上手に進んでいないことを示唆しているから,こういう活動を何時間していても,学力は向上しない。

 このようなケースが多いから,学校の授業は,教師が「進行役」となり,「話し合い」にはあまり時間をかけないことが得策となる。

 ただし,その方が学力を向上させることができると言い切るためには,

 教師の方が適切な接続詞を使い,導入→展開→まとめという一般的な授業全体の流れがしっかりできていることが条件となる。

 もちろん,話し合いを中心に転換する授業を構想するのはかまわない。

 AとBどちらに賛成か?という課題が与えられたとする。
 
 冒頭は,順接の接続詞を多用させて,AとBそれぞれの特色を理解させる。

 A(B)は,そのおかけで~となる。A(B)にすれば,~になる。ただ,~ということもある。

 「論理」で頭を使うことで,「理解」しているかどうかがわかる言葉が話せるようになる。

 Aが~のは,つまり,・・・。むしろBは・・・。たとえば・・・。実際に・・・。なぜなら・・・。

 「理解」できたところで,「整理」してみる。

 Aは~であるのに対し,Bは~である。AもBも,~である。Aについては第一に~が課題,Bは・・・。

 最後に,というわけでAはBより・・・。いずれにしても,・・・・。

 さらに「そもそも」という回帰的な転換が見られるとおもしろい。


 こうした「話し合い」活動ができれば,すぐに「レポート」にまとめることができるようになる。

 わかりやすい「レポート」が作れるようになるためには,教師が「レポート」にまとめられるような指導の過程を普段から示してくれている必要があるだろう。
 
 教師が子どもとの会話の中で,まずは多様な接続詞を駆使して子どもの発想を広げ,理解を深めることを意図した指導を繰り返し,子どもにも似たような口癖ができることをねらっていく。


 それから?

 たとえば?

 具体的には?

 第一に,・・・第二に,・・・,

 だとすると・・・どうなる?

 そのくせ,~は・・・・?

 だからといって,・・・

 要するに・・・?

 ちなみに・・・

 ところで・・・

 どちらにしても,・・・・

 
 一度,授業のどのタイミングでどのような接続詞をどれくらい使っているか,ビデオで検証してみてもよいだろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より