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« 勉強しているのにテストで点数がとれない子どもの学力を親が高めてあげる方法 | トップページ | カンニングの習慣がつく『学び合い』 »

テストの点数を高めるための「価値ある情報」とは?

 「テストで点数がとれる勉強の方法を教えてほしい」と言われた場合,

 学校として組織的な取り組みをしていると,

 「担任によって指導が異なる」という批判を避けることができる。

 私の学校では,テストの後に「誤答分析」をさせている。

 テストの点数が比較的高い子どもの「誤答分析」で書かれている言葉は,

 得点力を向上させるための情報の宝庫である。

 「記憶があいまいだった」

 「覚えていなかった」

 というレベルの言葉では,

 「もっとしっかり覚えよう」という自覚しかでてこない。

 「授業の話に夢中になって,ノートにメモをするのを忘れた」

 という言葉も,
 
 「ノートをしっかりとろう」というアドバイスでは役に立たない。

 たとえば,問題には,「ひっかけ」というジャンルに分類できるものがある。

 西郷隆盛が出ているから,この絵は「薩長同盟に関係がある」といった反応は,

 授業でするのはかまわないが,「よく見れば,向かい合っているのは勝海舟だ」

 ということがわかれば,江戸無血開城という出来事に結びついている。

 「~にひっかかった」という反省ができるレベルの子どもの言葉にふれていくことで,

 「ひっかかりもしない」レベルの子どもの意識が変わっていく。

 同じように×をもらった問題でも,

 自分と他の人では質が異なっているかもしれない・・・・

 つまり,テストは本当は1題4点で0点か4点かという結果の違いになるが,

 実際には2点か3点分の知識がある人はいる。

 まずは2点分の知識がなければ,4点にはたどりつけない・・・

 こういう考え方が少しずつ勉強の方法を変えていくことを期待したい。

 資料1と資料2からわかることを説明せよ,

 という指示なのに,資料1から読みとったことしか書かない(書けない)場合,

 資料2のここが結びつかなかった,ということに気づけることが,

 正解に近づく第一歩である。

 学校側としては,各教科で,「誤答分析」の「分析」を研究してもらえると,

 「指導法」改善に結びつく情報がたくさん得られるだろう。

 テスト結果を見ながら学び合っている生徒たちの様子が見られる研究授業をしてみたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より