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人間の「共感能力」は,「共感しなければならない場」では育たない

 人間は,ある程度,勉強ができるようになると,「理屈っぽく」なる。

 別に「理屈」があることが悪いことではない。

 交通事故が無闇やたらと起きたりしないのは,「赤信号を進めば,交通違反で取締をうけたり,人をはねたり,車と衝突したりする恐れがある」ことがわかるからである。

 論理的な思考というのは,論文を書いたりするのに必須の能力である。

 しかし,ある人の頭の中で,あるいは他の人と協力してできた論理が,だれにとっても正しいとは限らない。だれかが薦める,ある教育方法を実践したら,失敗した。それだけで十分である。論理的に考えをめぐらしてみても,絶対に気づけないものがこの世界にはある。

 人間が判断能力を失うときは,決して「論理的な思考ができなくなるから」とは限らない。

 その人の頭の中の論理では,きっと「正しい」のであり,「自分が誤っている」という認識はない。

 自分の主張が他者から攻撃を受けたり,認められなかったりしたときに,態度をかたくなにし,聞く耳をもたなくなったりする。

 学会に出てみると,そういう人間があちこちにいる。

 立派な論文を書いているわりに,とても人間っぽくて微笑ましい。

 
 たとえば,人間の共感能力をより高めよう,という目標ができたとする。

 では,学校ではどうするか。

 すぐやってしまうのが,

 「共感しなければならない場」をつくってしまうことである。

 子どもがなぜ教師に共感できないかがわからない人は,教師になってはならない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より