ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 教師の人柄は教え子に伝染する | トップページ | 気づかれないことのつらさ »

評価できないものの評価はせず,ただ励ますことだけに徹するべし

 これからの時代は,評価の研究がさかんになるだろう。

 だが・・・・21世紀型能力を育てたい学校現場で最も求められるべきことは,

 「評価できないもの」は「評価しないこと」である。

 多様性や創造性が求められる時代に,

 何かの枠をつくって,その枠内でこれだけできたからAだBだといってみたところで,

 それはやはり決まり切った価値観の中だけで通用する価値にすぎない。

 「~をやったから~ができるようになった」といちいち評価して,

 「みんなの力を借りて~をやっても自分はできないから,~はしないようになった」という子どもを増やすよりは,

 「~をやったら~をしたくなった」という場面をたくさんつくって,できなくてもやってみたいことを増やしてあげるような機会の提供に教師は専念すべきである。

 もし評価がなければ仕事が始まらない,というのであれば,

 子どもが「今やりたいと思っていること」の数がどれくらいあるかで評価してあげたい。

 先日の学会でも,一部で評価に関する研究発表があったが,

 「銀座で山を買う」ことを追い求めているようにしか見えなかった。 

 日本人はとても真面目だから,

>あなたの成績は「3」(おおむね満足)ですよ。

>生活態度は「ふつう」ですよ。

 と言われると,相対的には自分より高い評価を受けている人がたくさんいるわけだから,「自分はそんなもんか」と思ってしまう。

 自分に対する評価は「高くはない」わけだから,自分はその程度の人間だと自覚する。

 それが「客観的データに基づいている」「妥当性の高い評価である」ことが前提だと,

 低い評価をくらった子どもは,自己肯定感を低くする絶対的な根拠になりうる。


 
 21世紀型能力を子どもが育てていくために必要なのは,

 教師が「評価」することを前提にした指導ではなくて,

 子どもが「前向きに行動」することを前提にした指導である。


にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 教師の人柄は教え子に伝染する | トップページ | 気づかれないことのつらさ »

教育」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

学習の評価」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

学校評価」カテゴリの記事

学力向上」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

グローバル人材」カテゴリの記事

生活指導」カテゴリの記事

『学び合い』」カテゴリの記事

アクティブ・ラーニング」カテゴリの記事

公共空間と私共空間」カテゴリの記事

教員採用試験」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

« 教師の人柄は教え子に伝染する | トップページ | 気づかれないことのつらさ »

2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より