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試験中に周囲が気になって仕方がない中学生がいる理由

 授業になれば,いつもだれかが解法や解答を教えてくれるという環境で育った子どもの進学後の課題をご想像いただきたい。

 だれも教えてくれない環境に耐えられない子どもは,

 「こんな苦痛,苦役,虐待,拷問を味わわせられるのは,憲法違反だ!」といって反乱を起こすのでしょうか。

 
 ある生徒に小学校時代のことを聞いたところ,

 「カンニングは1回まではしてもいい」と言った担任教師がいたそうです。

 もちろん,すべての子どもが「許可された1回分のカンニング」をしたわけではないでしょう。

 ただ,「1回ではすまない子ども」がいたのもうなずけます。

 
 「カンニング」の定義をまともにしようとすると,けっこう難しいものです。

 試験中に,明らかに隣の生徒の答案に目を向けたとしても,

 「見えなかった」の子どもが言い張ると,カンニングではなくなるのでしょうか?

 そうではないんですね。

 本当かもしれませんが,「隣の生徒の答案に目を向ける」という行為自体が許されないわけです。


 中学校入学後の最初の定期テストは,教師の方が緊張するものです。

 試験監督は暇なのですが,中1の最初のテストだけは緊張します。

 もちろん,学年で事前の指導をきちんとしていることはわかっているのですが,

 毎年必ず明らかに挙動不審の子どもが目に入るからです。

 
 授業で生徒に教えてもらって,それで理解できていれば,

 テストで正解を導けるはずなのでしょうが,それができないということは,理解できていなかったということです。

 「自分の頭で考える」習慣がついていない子どもたちはどうやってつくりだされるのでしょうか。

 「自分の考えを発表する」場面をどれだけ用意できるかは,だれのどのような能力にかかってくるのでしょうか。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より