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不信感は能力を低下させる~日本シリーズ第6戦でカープが負けた理由~

 人間のパフォーマンスを低下させる原因になる要素はたくさんある。

 そのうちの一つが「不信感」であることを,今日の日本シリーズ第6戦で実感することができた。

 広島カープの選手たちには,主審のボール・ストライクの判定に不満があった。

 特に私が感じたのは,本来は「スイング」と見なされ「ストライク」になるはずのファイターズの選手の「ハーフスイング」が,「ボール」と判定されることが多かったことである。

 攻撃時のバッターからも,守備時のバッテリーなどからも,判定への不服の声はベンチ内でもあがっていたに違いない。

 試合終盤で主審から選手のクレームに対する注意がなされたこともあったが,こうした「不満」「不信」は,バッティングにも,ピッチングにもマイナス方向に強く働いていたように思う。

 「不満」「不信」によって集中力を欠いたことが,広島カープの敗因ではなかったか。


 「野球は2アウトから」とはよく言ったものだが,2アウトランナーなしからの猛攻撃は,

 「ピッチャー返し」というセンター方向を狙った基本通りの打撃ができたファイターズの選手たちの能力の高さが発揮された場面でもあるが,ピッチャーの投げているボールが甘かったというのも原因の一つである。

 ピッチャーは,際どい投球を「ボール」と判定されてしまうと,フォアボールを怖れて甘い球が多くなってしまう場合がある。

 主審に対する「不信」「不満」が高まりながらの投球は,本来発揮されるべき微妙なコントロールも狂わせてしまう。
 
 

 4対4の同点に追いついた後,広島カープの押せ押せムードは最高潮になり,選手はもちろんファンの多くが逆転を確信していたはずだが,ショートゴロゲッツーがその流れを止めてしまった。

 6点差に開いてしまった後の打撃のパフォーマンスは,完全に崩壊。

 
 「野球選手は紳士たれ」「判定への不満を表に出すな」という言葉は,単なるマナーだけのため,と思わせてしまうものかもしれない。

 判定への不満は,自分のパフォーマンスを低下させる原因になる。

 だから,おかしな判定も「そういうものだったのだ」と素直に受け入れ,「次の場面」への集中力をさらに高めることを重視すべきである。

 不平や不満ばかりしか書いていない人の文章のパフォーマンスが,何年も同じことの繰り返しで全く進歩していないことの理由もよくわかった。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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