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「業務」に耐えられない社会人を生む「激務」という言葉と管理職の責務

 「新入社員を自殺させてしまった企業」というレッテルは,経営変革に結びつくだろうか。

 「労災認定リスク」を減らすこととより,「収益減少リスク」を減らすことの方が優先されてしまうだろうか。

 働くことが苦ではない人が多かったかつての日本では,社員が自殺してしまった場合,

 「企業の責任」よりも「個人の能力」に目が向かいやすかった。

 「たった月100時間の残業ごときで」という発言は,バッシングの対象になったが,

 実際の社会人はその通りの気持ちかもしれない。同意しないのは,バッシングを受けないためでしかない。

 「個人の能力」のせいにすることで,仕事に耐えている自分たちが救われるという効果もある。

 なぜなら,「企業の責任」の一端を,実際に長時間労働している自分たちが担っているという側面があるからである。

 かつては,先輩が仕事をしているのに部下が先に帰宅してしまうことなど考えられなかった。

 これについては,「今でもそうだ」という企業も少なくないかもしれない。

 残業をすると自分の収入が増える企業では,「収入を増やす」という目的で進んで残業をする社員もいるはずである。

 残業になるために昼間は手を抜いて,のんびり仕事を進めるという「わざ」もあるだろう。

 私が東京都教育委員会に勤務していたころ,事務方の多くが残業している姿を見てきた。

 基本的には,一人が処理しなければならない仕事量が多すぎることが原因である。

 一方で,「優秀な人」は,勤務時間が終わったらさっと帰る・・・特に優秀な上司は率先して帰宅する・・・姿も目にしてきた。

 私は,山のような書類を迅速に処理する高い能力がある人が残業代をもらわずに,

 能力の低く仕事ができない人が金を稼げる仕組みを変えれば,簡単に人件費が削減でき,税金を節約することができると思っていた。しかし,一般の事務方の数に対して管理職の数が少ないから,個々の仕事の評価をすることは難しいこともわかった。

 指導主事は教員なので,夜中の2時まで働いても,残業代は1円もでないから,

 月100時間残業をすると,収入がどれくらい増えるのか,私には想像できない。

 
 全く金銭的なコストがかからない指導主事と,新入社員を長時間働かせることには,共通した根っこがあるような気がする。

 その仕事内容にも,共通した「おもろくなさ」があることも想像できる。

 「激務」という言葉が,一昔前の人が思っている「当たり前の仕事」とイコールになってしまうことは,一長一短があるが,若手には「仕事」の先にある「光」を浴びさせることが上司の役割であり,それはたとえ「係長」級でも「上司」になった以上は人材育成を大きな責務として自覚してほしいと思った。

 学校現場では,管理職になれる人,なりたい人の減少が,深刻度を増しているらしい。

 打たれ強さを育てることと,仕事で生きがいを持たせることの両立は,とても難しいことかもしれない。

 今さら感もあるが,「平等主義」を優先するだけで,「リーダーシップを育てる」ことを軽視していた教育界・社会全体の手抜きのツケを解消する取り組みが必要かもしれない。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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    「楽毅」第二巻より
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