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不平不満あふれる社会と「道徳」の力

 私がここに書き記していることの多くは,自らの実践の成果ではなく,基本的には「不平・不満」の言葉です。

 教育は簡単に満足のいく結果が出る仕事ではありません。

 自分自身を含めて,足を引っ張る要素がたくさんあります。

 さまざまな障害を乗り越えるための知恵が,教育に求められています。

 まず障害となるものから目を背けずに,限界を見極めつつ,突破口を探る・・・・そうでなければただの「愚痴」になってしまうことを心にとめて・・・こういう姿勢を貫いていきたいものです。

 国の政策上,あまり重視されていない(たとえば教育予算が少ない)ことは,

 普通に考えると「不満」対象かもしれませんが,

 「国に干渉されない」という点では,むしろ「満足」のいく結果になっている・・・

 こういうケースもあります。

 「不平・不満」の中から,新しい希望を探ることも,不可能ではないでしょう。


 人によっては,「感謝・感激・満足」の言葉ですばらしいブログを綴っている方もいらっしゃるのでしょうが,自己満足のためとか,人からいい評価を得ることが目的になってしまっては,意味がありません。

 人からの評価ばかり気にして,批判されること・・・「不平・不満」を招くこと・・・を避けてしまうような生き方は,「消極的平和主義」のようなものかもしれません。

 ある教育理念・教育方法にすがりつこうとする人がいる一方で,「毛嫌い」する人,「問題外」として一蹴する人が多いことは,教育の「限界性」を如実に表わす一例です。

 記憶が不鮮明ですが,昔ある教師が,ちょっと変わった道徳の授業をして,死ぬほど後悔した,という話を聞いたことがあります。もしかしたら,参観者がうんざりしただけで,本人は何も感じていなかったかもしれません。

 「人を傷つける言葉を言わないようにさせたい」という教師の願いがありました。

 子どもが質問します。「人を傷つける言葉ってたとえば何ですか?」

 教師は子どもに問いました。「あなたなら,どんな言葉を投げつけられたら傷つく?」

 「今まで言われて傷ついた言葉とは?」

 そして,教師は,子どもの思い思いの「人を傷つける言葉」を黒板にひたすら書かせました。

 黒板を埋め尽くした「言葉」を見て,吐き気をおぼえない人はいないというほどの結果となりました。

 「こういう言葉を人に言うのはやめよう」・・・終わり。

 こういう「アクティブ・ラーニング」をどう思いますか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より