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バックアップ(カバー)の大切さ

 野球の守備では,「バックアップ(カバーリング)」をすることが基本の1つである。

 たとえば,ランナーが1塁にいたとき,ライト前にヒットが飛んだとする。

 ランナーが3塁に走り,送球がライトから3塁に送られる可能性があるから,このときピッチャーは,3塁側のファールグラウンドまで走ってバックアップをしなければならない。

 イチローの2シーズンぶり,前回のエラーから395回,ノーエラーできていた守備機会でのエラーが記録された原因は,ピッチャーがバックアップに入っていなかったことが原因である。

 だれかのミスは,だれかのカバーで帳消しにすることができる,それは野球の世界だけとは限らない。

 生活指導の場面では,若い教師がやりがちなミスがある。

 先日も,部活動の試合でたまたま目にすることができた。他校での話だから,クビを突っ込めないのが歯がゆかったが,適切なカバーがなされたことを祈っている。

 同じ学校の中で問題があった場合は,教師はチームで動ける。

 「協働」の大切さというのは,こういう「危機的状況」への対応場面で,かつ,成果を残せることで,実感できるものである。

 残念ながら,「カバーリング」が望めない場面が教師にはある。

 学習指導でのミスを把握できる人が,TTや公開授業などでなければだれもないのが教員の世界である。

 アクティブ・ラーニングの宣伝をしている授業の動画で,歴史を学んでいる人ならわかるはずの「誤り」を発見した。
  
 子どもの誤った事実認識を,教師が「それは誤っている」と指摘でないような授業が続くとどうなるか。

 責任は,「だって,だれだれさんが教えてくれたのがこれだから」と,教えてくれた生徒のせいになるのか。

 学習指導における教師の責任の重さは,相当のものであり,だからこそ,継続的な研修・研究が欠かせないのである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より