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【データから考える教育-1】 少人数指導 

 少人数指導とは,1学級を2つ以上に分けて,それぞれ別の教員が指導に当たるというもの。

 少人数指導を実施している公立小学校は,全体の67.4%(文科省調べ,2015年)。

 少人数指導の学習内容は,補充的な学習が92.0%(2013年の調査では,61.7%だった),

 発展的な学習が42.5%,興味関心別の指導が12.3%。

 (日本経済新聞2016年3月28日の記事より)

*******************

 小学校における「個に応じた指導」の対策で最も代表的なものがこの「少人数指導」であり,

 その中心的な目的は,「できない子どもをできるようにする」ことにある。

 よく,教師は「どの程度のレベルの子どもに合わせて授業をするのか」と問われるが,

 高校1年生の英語でbe動詞から教えることが,「子どものレベルに合っているからよい」と言えるのかどうか。

 学習指導要領が示している内容が習得できるようにつくられた教科書のレベルについていけない子どもたちに,教師は何ができるのだろう。

 低学力や履修科目の偏りなどから,「大学での補習」すら必要とされる昨今,学力のレベルの照準,標準をどう設定するのか,という議論も,大学入試改革に向けて必要になるだろう。

 少人数で指導すれば,本当に効果が上がるのか。そこには,「競争原理」も働いているのか。

 もともと少人数の学級で学力が向上しないのは,「競争原理」が働かないからなのか。

 「少人数指導」で効果が上がるという「データ」は,教員の定数確保のためにも欠かせないものである。

 しかし,少人数指導を行っている67.4%の小学校よりも,少人数指導を行っていない残りの小学校の学力が高いというデータがあると困る。

 学力関係のデータは,異なる年度で同じ学年を比較してはいけない。子ども集団が変わるから。

 いろいろなデータを重ね合わせて,学力の向上に最も効果があるのは,学校ではなくて塾に通うことである,という結論が出てきてしまうのもこわいことである。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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