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「わかってもらえない」という苛立ちは,教育現場から逃走した以上,決して解消されることはない

 世の中で最も「わかってもらえないつらさ」を味わっているのはだれだろう。

 「つらさ」の度合いは人にとって全く異なる。

 人は,他人と全く同じ条件で,困難に向き合うことはできない。

 自分が耐えられたつらさと他人が耐えようとしているつらさを比べることはできない。

 教育現場に立った人間なら,だれもが「わかってもらえないつらさ」を味わうことになる。
 
 子どもの側も同じである。

 人間というのは,簡単には「わかってもらえない」問題を抱えながら生きる動物である。

 「わかり合う」ことがいかに困難なことか,普通のレベルの人間が集まる集団で生きていれば,実感することができる。

 ただ,何かを主体的に勉強するために集まった場では,みんなはじめから「わかり合おう」と努力してしまっている。

 こんな世界では,人はなかなか成長してくれない。

 「わかったかわからないか」もわからないような状態で,

 「わかりました」と返事してしまう癖のある人がいる。

 「わかる」ハードルがここまで低い人は,「わかってもらえない」つらさを簡単に感じてしまうだろう。


 いったん教育現場から逃走してしまうと,「わかってもらえない」ことはただの苛立ちに変わるようだ。

 こんな人は決して成長できないし,まわりを成長させることもできないはずである。

 「わかってもらう」ためには,努力が必要である。

 「わかろうとしている」人だけを相手にしているようでは,努力など必要ない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より