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続出してくる「反証」になぜ耳を傾けないか

 一部の研究者たちの不正によって,大学や研究機関への信頼も随分低下してきている。

 不正がなくならないのは,企業なら大打撃を受けたり潰れたりするが,

 公的機関にはその心配がないことが原因の一つだろうか。

 研究者側には,「短期的な成果を求める」姿勢のせいだという「言い訳」が頭がよぎっているだろうが,

 まさか「だから虚偽の成果を出しました」とは言えない。

 ある理論を証明することは,簡単である。

 都合のよい数字だけ集めてくればよい。

 しかし,「反証」することも簡単である。

 都合の悪い数字を集めてくればよい。

 自分のやり方が「正しい」か「他の奴よりはまし」と言い続けるためには,

 「反証」に対する「反論」も必要である。

 さすがに,企業同士で足の引っ張り合いをすることはない。

 「CMで見せてるほど,汚れは落ちませんよ」

 「実際に,洗濯機をまわして他者の製品の汚れの落ち方を比較してみましょう」

 などの「比較広告」・・・というより「実証」は「しない」ことになっている。

 教育の世界も,こうした「大人の約束」に従っていてよいのだろうか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より