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「ゆとり教育」と「詰め込み教育」のいいところではなく問題点だけが際立ってくる次期学習指導要領

 学習指導要領を10年くらいの間隔で改訂するときに,「なぜ改訂するのか」と問われたら,「そのときまでの課題を克服するためだ」としか答えようがないだろう。

 ただの「ノリ」「勢い」「ムード」で「次期学習指導要領」の改訂の柱が決まることはない・・・・はずである。

 しかし,「改訂の柱」に据えようとしているのは,ごくわずかな期間の流行が背景になっている例もある。

 現行の学習指導要領の「改訂の柱」とは,「言語活動の充実」だった。

 今,教育現場で「言語活動を充実させましょう」などと言っている人はほとんどいないだろう。

 「言語活動」などといった「当たり前すぎる言葉」は,「死語」に近づいている。


 「言語活動の充実」をさせた結果,「思考力・判断力・表現力」は向上したのか?

 答えはNOである。そう簡単に「思考力・判断力・表現力」は向上しない。

 私の娘の小学校は,「基礎・基本の徹底」を図るためか,毎日かなりの量の宿題が出される。

 これをやったところで,「思考力・判断力・表現力」はそう簡単に向上しない。

 というよりも,時間だけかけて忍耐力があればできてしまうような大量の課題のために,

 じっくりと考えて深く調べたりする時間がとれずに困っている。

 公立の小中学校では,今でもそういうレベルなのだ。

 次期学習指導要領が実施されるときには小学校は卒業しているが,

 私が危惧しているのは,本来,学校で学ぶべき基礎・基本を家庭に押しつけ,

 学校では教師の手のかからない「話し合い」だの「教え合い」だの「発表会」などで時間だけが費やされていくことである。


 「学ぶ意欲」を子どもに持たせることは大切であるが,簡単にできることではない。


 大人だったら,自分の会社の社員たちが「働く意欲」をすぐに高められる方法を考えてほしい。

 それと同じことが学校でもできるだろうか?


 だれもが簡単に意欲を高められるような内容は,私の想像では「長続きしないもの」である。

 「熱しやすく冷めやすい」という言葉は,だれかの教育方法にすぐに飛びつき,やがてやめていく,そういう教師たちにはぴったりの言葉だろう。

 子どもたちには,「そう簡単に高められない」が,一度火がつくと,なかなか消えない,そういう「持続力」のある意欲をもたせるような授業を教師が実践しなければならないのである。

 「アクティブ・ラーニング」とは,「教師の授業づくりのための学び」という大方針なのであれば,支持したい言葉だが,ただの「協働的」「対話的」な学びで子どもの「思考力・判断力・表現力」がつくと思ったら大間違いである。

 少ない時間数でも,学び方が学べるような教育を受けてきたはずの「ゆとり世代」に欠けていたものは何か?

 多くの時間をさき,たくさんの内容にふれる機会を与えられた「詰め込み世代」に欠けていたものは何か?

 
 前者も後者も,実は「最も強い」はずの部分が「実は全く強くなっていなかった」ことが弱点だったのである。

 次期学習指導要領では,「実はどうでもよかった部分」を「どうにかしようとして,結局何も得られずに終わる」という最悪のパターンに陥らないようにしたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より