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学年全体の同窓会が続く理由

 私の最初の赴任校の卒業生たちが,定期的に学年全体の同窓会を開いてくれていて,毎回数十人が集まっている。

 同窓会が続くのは,ひとえに幹事たちのおかげとも言えるが,幹事とその仲間だけしか集まらなければ,「拡大幹事会」が続いているだけになる。

 本当の意味での「学年の同窓会」が続いているのは,基本的には「中学校時代の素晴らしい思い出」があることがベースになっていると考えられる。

 なぜ「クラス会」ではなく,「部活のOB/OG会」ではなく,「学年全体での会」なのか。

 小学校や高校ではあり得ない,中学校ならではの特色がここにある。

 生活指導は特に厳しい学年で,事業で成功した卒業生たちは,口々に「あのときの経験のおかげ」と私たち教員には言ってくれているが,「厳しいだけ」の学校生活がよい思い出になるはずがない。

 先生方をはじめ,生徒たちがみんなで「よい学校生活」をつくりあげた学年だったのである。


 どの学校,どの学年でも同じようにいく,とは限らない。

 残念ながら,教師と生徒の双方がお互いに「かけがえのない出会い」だったと実感し合える関係になるのは,そう簡単なことではなく,「とんでもない困難を乗り越える」といった特別な事情がなくて「支え合う」関係になることはまれだと思われる。

 「どうしたらそういう関係になれたのか?」と聞かれても,別に当時は生徒も教員も「支え合おう」なんてことを思いながら生活していたわけではない。

 毎日の生活を,学習を,行事の準備と運営を,部活動を,ただただ精一杯がんばっていただけである。

 道徳の授業をまともにやっていた学校でもなかった(それがとてもよかった)。

 教師と生徒との関係に「わざとらしさ」が全くなかった。


 以前も書いたことだが,荒れた学校から異動してきた教員が,

 「ああ,この学校に来られたお陰で少し休める」ともらした言葉を耳にした同じ学年の先生から,

 少し憤りを感じた,というニュアンスで伝え聞いた。

 案の定,その教員の所属する学年が,覇気がなくなり,ほどなくして荒れ始めた。

 荒れている学校以上に,先生方が一生懸命働いているからこそ,そのときがあったのである。


 学年全体の同窓会は,今回で4回目だったが,多少外見が変化した卒業生たちも,

 話しかけて会話しているうちに,当時の顔とオーバーラップしてくる。

 私たち教員は,そういう「変わっているが変わらない卒業生」に会いたくて,同窓会に参加する。

 きっと,卒業生たちも,「決して変わることのない絆とその原点」を確認するために,集まってくれるのだと思っている。

 
 公立中学校当時の様子からは,また,同窓会に参加したときの服装からも,まさか「年商何十億」の会社を経営する社長になるとは思えなかった卒業生もいるが,今,従業員たちに慕われる社長さんになっていることは確かだと思われる。

 人への感謝を忘れない人であり続けてくれている。事業が成功している鍵の一つだろう。

 まだ,卒業から20年と少ししかたっていない。

 SMAPより長く同窓会を続けられるようにするための企画を検討中である。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
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