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教職大学院への志望(勧誘)理由~教員採用試験の一次免除をねらって

 教師をめざしていたある大学4年生が,教員採用試験に落ちてしまったので,

 教職大学院に進みたい,と私の知り合いの大学の先生に相談していることをお聞きしました。

 なぜ教職大学院なのか?と聞くと,

 「採用試験の1次に通る気がしない」

 「教職大学院には,推薦制度があり,1次免除が狙える」とのことでした。

 私はすぐに,1次試験に合格するための予備校に通った方がよいのでは?

 と思いましたが,上越教育大学のHPで,教職大学院への勧誘の文句に,

 以下のような内容があるのを見つけました。

>学部・修士課程と教職大学院を比較すれば、在籍者数が少ない教職大学院で推薦枠に選ばれる割合の方が高くなります。しかも、上越教育大学の場合、教職大学院の修了予定者の多くは現職院生ですので、これから教員採用試験を受けようとする学卒院生の修了予定者が推薦される可能性は非常に高くなる訳です。
さらに、教職大学院に対する推薦制度が現在増加傾向にあることも有利に働くでしょう。(大学HPより)

 推薦制度をエサに勧誘しているようです。

 私は,推薦制度に反対したいわけではありません。

 今のところ,ごく少人数しか推薦できませんから,

 採用する都道府県としては,それぞれの教職大学院が推薦してくる学生のレベルによって,

 各教職大学院の教育レベル・学生のレベルもわかります。

 「当たり」の確率が大きい大学院は,どんどん「推薦枠」を広げてもいいように思います。

 ただ,推薦制度を使ったあまりにも露骨な勧誘姿勢は,後に大学院生間,そして大学院と院生間のトラブルに発展しかねないでしょう。

 だれでもわかることです。

 明確な推薦基準を公開し,選考結果も開示することが,教職大学院にとっては必須の仕事になるでしょう。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
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  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より