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「サボる」能力の奨励を説く「高校教師失格」教授

 社会全体,教育委員会,管理職,保護者は教師に多くのことを求めすぎている。

 このことが教師の犯罪行為や自殺を招いている一因である。

 教師はサボる能力を持っていた方がよい。

 
 こんな主張を大学教員があえてする意味は,わからないでもない。

 しかし,この大学教員は,

 「高校の教師を辞める」ことを選択して厳しい教育現場から逃げた張本人である。

 
 なぜ「辞める」ことを推奨せずに,「サボる」ことを推奨するのか。

 「サボる」という発想ができるのは,高校の特色である。

 
 法律的には,勤務時間内に本の執筆をしなければ,

 職務専念義務違反には問われない。

 
 しかし,講演に多く出かけたり,本の執筆に力を入れたりするような

 教員を,社会は「本業をサボっている人間」と見なす。

 
 こういう圧力への異議を申し立てているのだと想像するが,

 もっと学生のめんどうをみる方に時間を割いてはどうか。

 
 学生のめんどうをみる時間を割かずに,本を書いたり外に出てばかりでいられる「理論」は,社会からの信用を得られるのか?


 「学校現場に出ても,理不尽な要求ばかり受けて大変だぞ」と説いているような人間の近くで,使命感のあるまともな教師が育つのだろうか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より