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タイムスリップを体感できる「公楽園」

 どのテレビ局か忘れてしまったが,新潟県燕市にあるドライブイン(宿泊施設もある)「公楽園」に集まる人々を取材した番組を見た。

 一言で表現すれば,ここは「オヤジのたまり場」である。

 50歳以上の人間なら,「懐かしさ」いっぱいのゲームセンター,自動販売機に魅力を感じるかもしれない。

 ゲームに興じる「オヤジ」たちは,「公楽園」を「オアシス」だと思っているようだ。

 この「オヤジ」たちを見ていて,私はすぐに不登校で自宅にこもり,ゲームに興じている中学生と姿を重ね合わせてしまった。

 10代なかばで,仕事をリタイアした「オヤジ」たちと同じような生活を送っている子どもに,何が必要なのか。

 つい先頃,戦後最悪の事件が起ってしまったが,99.99・・%の日本のまちは「平和」である。

 ほとんどの日本人は,自国内で殺人事件に巻きこまれる危険性を感じないで生きている。

 しかし,精神的に不安定になる人,潜在的に攻撃性を持っている人が,いないわけではない。

 将来への不安が,人々や社会への不満と結びついてしまうことを,できれば防いでいきたい。

 今まで,「いないことにしてきた」本当に苦しんでいる人たちに,目を向けるきっかけをつくらなければならない。

 「現金をばらまく」という安易な政策ではなく,本腰を据えて取り組む部署がつくれないものだろうか。

 別に,さまざまな施設で働く人々の苦しみを首相自らが聞き取りするようなパフォーマンスを期待しているわけではないが,政治家のパフォーマンスは,政策立案者の本能を活性化させる働きもある。

 「公楽園」に立ち寄る人々の表情がどうしてあそこまで穏やかなのか,本当に苦労している人たちが一息つくときの表情の共通点なのか,知りたい点ばかりであった。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より