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『学び合い』では子どもの「自主性」が育たない理由

 『学び合い』がうまくいかない理由を,「学校」が民主的な場ではないからだ,と主張するのであれば,初めから『学び合い』などに期待をかけることはできない。

 「学校」の仕組みが悪いという「逃げ口上」があるのだから,失敗の責任を教師や教祖がかぶることはない。

 これほど卑怯な態度はないだろう。

 『学び合い』では子どもの「自主性」が育たないのはなぜか。
 
 それは,決して「学校」が民主的な場ではないからではない。

 異教徒相手に邪宗を強いているからである。

 選挙活動が,どこか宗教集団の訴えに似ていると実感したことがある人は多いのではないか。

 ヘンな歌を歌ったり,衣装がそろっていたりするのを見て,

 18歳,19歳の若者が「ひいていく」様子がわかる人はいないのだろうか。

 『学び合い』は何かを強制してはいまいか。

 何かを放棄してはいまいか。

 私は,子どもが中心となる言語活動の場を参観していて,

 「だれが正しい日本語を教えるのか」と危機感を抱いたことがある。

 国語が使えない小学校7年生や8年生を見ていると,本当に気の毒でならない。

 英語のような「ラジオ型言語」で学ぶときは,『学び合い』が適していると納得しやすいが,

 日本語のような「テレビ型言語」で学ぶときは,文字をしっかり読み,書く活動を中核にすえないと,

 母国語を駆使して思考する習慣がつきにくくなる。

 多くの教師たちは,経験で知っているから,邪宗にだまされずにすむ。

 能力は高いものの,国語力がないために,数学や理科,社会科,さらには英語の問題が解けない子どもがたくさんいる事実を知っている教師は少なくないはずである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より