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教育管理職に向いている人

 読書編で紹介した横山秀夫著『64(ロクヨン)』の中で,警察の広報の仕事が紹介されている箇所がある。

 実際の広報の現場がどうなっているか,フィクションをそのまま真に受けることはできないが,

 私の仕事である教育の現場には,描写されている警察組織の内容に近いものがあるので記しておきたい。

>世間に向けて「広報広聴係」を標榜していながら,「広報」は専ら記者の刺々しい言葉に分別顔で頷くことであり,世論の代弁者を気取る彼らに日々ガス抜きの場を提供し続けていた。俺たちは消波ブロックだ。当時の広報官はそう自嘲した。マスコミの機嫌を取り,なあなあの関係を築き,警察批判の矛先を鈍らすことが仕事のすべてだと言わんばかりだった。

 教育委員会には,さまざまなクレームが寄せられる。

 中には,相手の「ガス抜き」だけを任務?として話を聴き(流し)続けなければならないこともある。

 学校現場では,教頭(副校長)が,保護者たちの「ガス抜き」の相手となる。

 消波ブロックの役目を果たせない教育委員会や管理職が,個人としての教員を追いつめることもあった。

 消波ブロック,防波堤の役割を果たせない人は,教育管理職には向いていない。

 よくよく考えてみると,その資質能力は一般の教員自身にも求められるものである。

 攻撃的で興奮して話す相手との会話に耐えられない人は,教員に向いていない。

 現場でつぶれる人を間近で見た経験はないが,

 学校や警察といった「閉鎖的」に見られる場所,プライバシーの保護を優先しなければならない場所には,悩みが尽きないものである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より