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「金の亡者」に成り下がっていく国立大学法人

 国立大学の将来は暗い。

 イメージは,都立高校改革によく似ている。

 「特色」を出したところには予算を重点配分するが,

 「特色」がないところからは容赦なくカットする。

 たかが「普通科」の高校に,特色も何もない。

 「良い先生を集める」くらいしか,意味のあることはできないのだ。

 国立大学も似たようなものだが,今は,「良い先生たち」は私立大学に引っ張っていかれてしまう時代である。

 果ては,一律2割カットなどという。

 露骨な「国立大学つぶし」で,困るのはどういう国民かおわかりになるだろう。


 
 最近,こんな情勢を背景にしてか,「金の亡者」と化した国立大学関係者を立て続けに見ることになった。

 国立大学の学長といっても,

 町工場の社長のような感じだった。

 「とにかく金になる仕事を」

 という言葉が,国立大学関係者の口から出される時代である。
 
 見苦しさを通り越して,吐き気を催すほどの嫌悪感に襲われる。

 どんなに「ずっこけ」ても,「何か新しいもの」をやると手を挙げると,なけなしの分け前がもらえる。

 「今まで通りがんばる」だと,分け前が減っていく。

 「予算配分の権限」を盾に,大学をコントロールしようとする人間たちに,

 日本の本当の教育の未来像を描く能力はあるのだろうか。

 
 歴史のなかで,このような困難に立ち向かった日本の人物を探している。
 
 見境のない「金儲け」にうつつをぬかす大学教授を尻目に。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より