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尾木ママは名誉毀損の罪を犯したか?~その2

 北海道での保護者による「子ども置き去り事件」は,幸いにも皆が喜ぶ結果が待っていた。

 正直,あきらめていた人たちもいたかもしれないが,気候を含めた幸運にも助けられて,再び日常の生活を取り戻すことができたことは嬉しい限りである。

 教育関係者から,心ない憶測の言葉が発せられていたようだが,あまりに多くの「心ない親たちの虐待」に触れすぎてしまっていたためか,親たち一般への不信感が度を超してしまうというのは,実は現場の教師でもありがちなことである。

 常に様々な可能性を考え,「最悪の結果」を想定してその対処法も考えておかなければならない立場であると,人間を信用するとかしないとかいう問題ではなく,準備だけは怠れない。

 「ひどいことをする親は,強く断罪していくべき」という信念が,「殺人者」という最悪のレッテルを生み出してしまう理由もここにある。

 「置き去り」への非難は続けてもよいかもしれないが,謝罪すべきことをしたという自覚があるなら,すぐにでも行動におこすべきだろう。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より