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企業に「即戦力」を送り込めない大学・大学院と,教育現場に「即戦力」を送り込めない教職大学院

 教職大学院の問題点を指摘する人は多い。

 その問題を解消する唯一の方法は,教職大学院を出た「即戦力で優秀な若手」が増えることである。

 もし教員採用の現状が,「教育学部卒」「教員養成系大学卒」ではないところにたくさんの優秀な人材がおり,実際に採用もされているということであれば,やはり「受け皿」はあっても「優秀な即戦力」を送り出すのは困難だろう。

 そもそも定員割れしている場所で,優秀な人材を確保すること自体,難しいはずである。

 大学以上に入りやすい場所なら,せめて「出にくくする」ことも考えてほしいところだ。 


 教育現場に出たものの,指導力不足で挫折し,大学で教えることになった教員には決してわからないことがたくさんあるだろう。

 同じような境遇の人間をいくら集めてみても,自己満足ではなく,多くの子どもや保護者,教師たちから評価されるような実力を備えた教師が増えない限り,教育現場の問題の深刻さは軽減されない。 

 「問題を解決する」ことなど不可能な場所が教育現場であり,せめて問題の深刻化を防げる能力が求められている。

 そこに「問題を解決しよう」などと意気込んだ勘違い人間が養成されてしまうと,傷はより深くなりかねない。

 チームワークが何より,集団の和が何よりだ,なんて言っている連中は,いざ,子どもをめぐる深刻な問題が発生したときは,「自分たちの仲間を守る」ことを優先にして,「我が身を捨ててでも」教育に立ち向かおうとする姿勢を見せられない。なぜなら,そんな姿勢は「集団の和を乱すもの」だからである。

 養成が可能な部分と,そうではない部分がはっきりするのは,

 企業の世界と同じように,「能力主義」の教育が公立学校で実施にうつされるときだろう。

 資質能力の向上がいかに困難かは,いくつかのタイプの学校を経験し,多くの同僚やさまざまなタイプの問題を抱える子どもたちを目にした現場の教員にしかわからないことだろう。

 
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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より