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認知負荷の軽減ではなく対応力強化をめざす教育へ

 認知負荷あるいは認知的負荷という言葉が,教育の世界でも一般的になりそうな気がしている。

 「認知負荷は小さいほどよい」とされるが,どこまでの負荷に耐えられるかは,個人差が大きい。

 アクティブ・ラーニングとして紹介されている実践には,認知負荷を軽減することを目指したものが多いが,

 そういう学習を繰り返していても,認知はできるものの,能力は高まっていかない。

 ICTを教育に導入するときの注意点がここにある。

 一つ一つの課題を毎日解決していくことが可能だが,それを繰り返していても,能力が高まっていく気がしないのは,認知負荷を減らしたために,課題の解決が容易で,いつでもどこでもできそうなものしかないからである。

 コンテンツベースからコンピテンシーベースの教育に転換するのなら,最もおさえておきたい点である。

 教育現場では,認知負荷対応力というべき能力を高めてあげることが求められるべきである。

 そのためには,自分の認知処理容量をこえた負荷量がかかっている状態がどのようなものかを認識する機会も必要となる。

 「わからない」ということが自覚できる状態は,自分自身の処理可能な認知負荷の限界点がわかるということであり,その限界を超えようとする動機を作り出すことができる。

 さらに,その限界を超えたときの達成感を得るチャンスも生まれる。
 
 見方・考え方を身につけた子どもが,それを使いこなせるようになっていく道筋を,認知負荷対応力の向上というかたちで明らかにすることが求められていくと考えられる。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より