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« 『学び合い』とは,クラスの仲間から嫌われないように,教師に利用されることを強制される教育であるようだ | トップページ | 問題の指摘に耳を貸さない教師たち »

大学のセンセイのせいで教員採用試験や管理職試験に受からない人

 教員採用試験や管理職試験の面接で,隠しておいた方がよいだろうと私が予想していることがある。

 それは「私は『学び合い』の考え方を大切にしています」という態度である。

 面接官が,「センセイ,この単元の勉強がよくわからないのですが・・・と子どもが質問してきたら,どうしたらいいでしょうか」と聞いてきたら,何と答えればよいか?

 「他の子どもに聞いてみなさい,と言います」と答えたら・・・・。

 「あなたが校長の立場で,総合的な学習の時間の進め方がわからないのですが,どうしたらいいでしょうか,と担任の先生が質問してきたら,何と答えますか」と聞いてきたら,どうするか?

 「センセイはどう思います?思うとおりにやってください,と言って,ニコニコしてほっておく」と答えたら・・・・。


 「おれの話は論理的だ!」などと言いながら一方的な主張をするセンセイに指導を受けている学生は気の毒である。

 全国に,それなりの数の「おれが言っていることが正しい」系のセンセイがいるはずである。

 そういうセンセイの薫陶を受けた人は,無事に教員になれているのだろうか。

 教師の中にも,アスペルガーの傾向が強い人が増えている印象があるが,大学のセンセイの言葉を全くの文字通り真に受けて,このような受け答えをする人が現場にはそれなりに存在する。

 教師を志望する大学生の中にもそういう人がたくさんいそうである。

 残念ながら,アスペルガー傾向の強い教師のクラスのほとんどは,崩壊しているはずである。

 アスペルガー症候群のセンセイに教わったアスペルガー症候群のガクセイは,現場でどのような教師として生きてけるのか。

 仮にセンセイはヘンでも,そこを見切ってまっとうな道を選ぼうとする人の方が圧倒的に多いことを祈る。

 採用や任用の現場では,なるべきではない人間が教師や管理職にならないよう,最大限の注意を払うべきである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より