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コモン・グッドのための歴史教育を進めるために知るべきコモン・バッド

 以下の記事に対して,コメントをいただいたので,「価値認識を重視することで陥る罠~教師のゲートキーピング」という記事でしたところ,今度はメールでお便りをいただいたので,次のような記事にしてご回答申し上げました。

感情理解で道を誤った国に必要な社会科教育とは?~コモン・グッドのための歴史教育(社会文化的アプローチ
/キース・C. バートン/春風社/2015-04-03)

 本編のブログの方で,「参考になる内容はなかった」という指摘をしたために,教員養成系の国立大学の先生をかなりご立腹させてしまいました。私が言いたかったのは,私にとって,参考になる内容はなかったということですし,私は教育学者でも何でもなく,ただの中学校の社会科の教師なので,学問的にどうとかいう話でもなかったのですが・・・。ですので,取りあえず,「参考にしたい内容はなかった」と本編の文章は訂正させていただきました。
 ブログの記事も含め,社会科教育の雑誌の内容について,ご意見を申し上げたところ,以下のようなコメントをいただきました。

>あからさまに本書の全文を読んでもいないのに、それを全部読んだかのように批判するのも許せない行為です。これについても、ちゃんと全部読んでから批判してもらえないですかね?
貴公のような「犬クソ」教師がこれ以上、生まれないことを祈ります。
(そう貴公を評した大学時代の教育学者?は先見の明があったようですね。心からそう思います。)

 私には大学時代の先生から「犬クソ」と評された記憶がないのですが,以下のようなメールでのご指摘の仕方は,昔ブログ村にいらした,ある音楽の先生(誹謗中傷記事ばかり書いていたためか,今は姿を消されています)とほとんど同じようなものでした。

>当原稿の授業については、私が現場の観察した授業を簡潔に整理し報告した(又は学会発表で示された授業案)話なのであり、それを基礎として私の歴史認識の批判にするという誤謬を犯している時点で、貴公があまり頭が良くないことは十分に承知しておりました。

>また、批判をするときは根拠を示すという、歴史学でなくとも必ず必要とする作法をせずに、一方的な主張を公的な場面に堂々と情報を公表する時点で、あまり学問的な作法に成(ママ)れていない素人さんであることも十分に認識しております。

>そもそも、私が当原稿で話題にしたことは、「歴史認識」の問題ではなく、教師の歴史教育を教える姿勢であり、貴公の批判は極めてどうでも良いこと(些細な事)です。
貴公の批判していた原稿と私の原稿を学生に授業で読ませて話し合わせましたが、まずこの指摘が必ず出てきます。
国語力を鍛えなおしてはいかがでしょうか?

 私から,現場の社会科教師の立場で,一応の反論させていただくと,歴史認識の基盤の一つに「事実認識」があります。中世の一揆の時代にはあり得ない「二・三期作が可能になり米の生産量が西日本で増大」という記述は,他人の指導案に書かれていたものかもしれないのですが,雑誌の原稿にする時点でその誤りに気づくべきですし,誤りに気づいたら,「二・三期作(ママ)」とか,「二・三期作(正しくは二・三毛作)」とすべきです。

>これは、私の記載ミスです。で、なんだというのです?

 と大学の先生は返信されていますが,「事実認識」の軽視がどういう事態を生むか,社会科教育に限らず,教員養成に携わる先生なら,お分かりになるはずです。

 この大学の先生は,ご自身のHPで,

>ちゃんと読んでから批判してくれよ(ネットにさらしてくれよ)、焼津の社会科の教育主事さんよ。

 と書かれていますが,これは「事実認識」の誤りです。私がオバマ大統領に,広島だけでなく焼津にも立ち寄っていただきたかった理由は,私が焼津の人だからではありません。まさか広島以外の人は,オバマ大統領に広島に寄ってほしいなどとは考えない,と思っているわけではないでしょう。根拠もなく「焼津の社会科の教育主事」と決めつける態度には問題がありますよね。焼津の方に失礼なので,修正をメールでお願いしましたが,この記事を公開した時点では,直されておりません。

 話を戻します。「二・三期作」の部分だけ直すと,後ろの「米の生産量が西日本で増大」とのつながりが弱くなりますね。これは「歴史認識」の中の「関係認識」に当たるものです。農具やかんがい技術の向上などの影響で,農業生産量が増えるのは当然のことですが,一揆が広がったのは,単純に飢饉が頻発するだけでなく,民衆が貨幣経済に組み込まれてしまっていた影響が大きいわけですよね。授業でこの点を確認できたかどうかはわかりませんが,引用された原稿には含まれていなかったので,とても気になっていたのです。私は,「事実認識」,「関係認識」がしっかりした上での「価値認識」でないといけない,という当たり前のことを主張しているだけです。

>そもそも、私が当原稿で話題にしたことは、「歴史認識」の問題ではなく、教師の歴史教育を教える姿勢であり、貴公の批判は極めてどうでも良いこと(些細な事)

 私が批判したかったのは,「価値認識」を重視するあまりに「事実認識」や「関係認識」を軽視することになりかねない教師の態度であり,現場で歴史教育をそのような姿勢で行うことの弊害なのです。すでに小学校における歴史教育では,そのような問題は指摘されているのではないでしょうか。

 今回,意見を付け加えさせていただくと,貴公の批判は極めてどうでも良いこと(些細な事)とする大学の先生の態度こそが,問題なのではないでしょうか。

 私は学問的な立場から述べているのではなく,社会科の一教員として,また,親の立場として,こんな教師の指導を受けた社会科の先生に子どもを預けたくはないな,という印象から語っているだけなのです。

 上記の本を「全部読んでから批判してもらえないですかね?」というご要望があったので,一部を引用させていただき,私の考えを述べたいと思います。

>アンドリュー・ジャクソンがネイティブ・アメリカンを大量虐殺した事実について,子どもたちはケアを感じ取ることなく,そうした理由についてだけ分析するべきであるとした考え方を,私たちは受け入れることができない。こうした分析は,子どもたちが歴史と関わりをもっていたいと考える事柄について,正面から扱おうとしていないというだけでなく,コモン・グッドについて考えていけるように彼らを育成していくことにも何ら貢献するところがない。(357頁)

 「ケアリングとしてのエンパシー(感情理解)」という章で述べられている著者の言葉です。

 感情理解に関心を持つことは大切です。特に弱者やマイノリティーの側に共感できることは,本当の民主主義を成立させる上で欠かせないことでしょう。日本の戦前の教育では,そうではない方法で「感情理解」が利用され,取り返しのつかないことになりました。「ケア」の向かっていく方向を間違えると,大変なことになるという経験をしているのが日本の教育です。

 引用させてもらった部分は,純粋な「事実認識」や「関係認識」だけを重視し,「価値認識」を軽視する歴史教育への批判と読み取れます。私にとって,この部分もごくごく当たり前の話で,参考にはなりません。アメリカ人にとって,自分たちがどんな場所に住んでいるのかを知る上で,「過去のアメリカ人がとんでもないことをしでかした」ことを,弱者の立場で理解することは,政権を倒す能力を身につける上でも大切なことです。

 この本は過去の出来事を題材にした「公民教育」「社会科教育」「民主主義教育」を語っているものであり,歴史を諸資料に基づいて多面的・多角的に考察することで,偏った「事実認識」に陥らず,「関係認識」を強化した上で,現代的な「価値」が語れる人間にするという一般的な「歴史教育」を否定するものではありませんから,「参考にならない」とは書きましたが,「批判する」ほどのものでもないのです。アメリカの歴史教育にこんな対立があるんだ,ということを知りたい人にとっては参考になると思いますが,日本の社会科教育,歴史教育にも同じような対立はあるでしょう。私から見れば,対立するための対立であり,現場の教師にはほとんど縁がありません。

 高校生たちにどんどんデモに参加してほしいと願う先生が,今の時代はSNSでいくらでも情報共有ができるから,こうなったんだよ,中世の人々だって「広域に連携できるようになったので一揆ができるようになったんだ」と伝えたい気持ちになるのはわかります。でも,「広域に連携できても,集団での抵抗という手段が採用できない」事例もいくらでもあるわけです。

 そもそも「借金帳消し」を求める集団での行動が,本当の意味での「抵抗」なのか,どうか。

 たとえば「消費税増税反対」を求めるデモと,中世の一揆を比べて,その共通点ではなく相違点を考えさせた方が,現代の社会の問題を考えるだけでなく,室町時代の特色というねらいも達成する上で効果的なのではないでしょうか。

>頁制限のある明治図書の原稿において、貴公が問題にすることを踏まえて書いていたら私が書きたい別のことを書けなくなってただ室町時代のことについて書いて終わり・・・になるということです。
>あまりアカデミアの世界に慣れてらっしゃらないようですね。ブログで自慰行為するのとは違うのです。(以上の回答は、貴公のブログに掲載してもらって構いませんよ)

  
 と大学の先生はメールで批判というより私を非難されていますが,私はアカデミアの世界の住民ではありませんし,自分だけが満足するためにこのブログを書いているわけではありません。
  
 この国では,匿名のブログはないと語れないことが多いので,その点はとても申し訳ないと思っています。ただ,この記事を学会で報告することで,ブログをご覧の方だけは,私がだれだかばれてしまいますね・・・。

*************************

 28,29日と,東京で開かれていた,アメリカの社会科教育学者キース・バートンさんとリンダ・レヴスティクさんを招いての国際会議に参加してきた。

 外国の大学の先生のお話をナマで聞けるチャンスは滅多にないので,会場に足を運んでみると,148ページある資料が無料でもらえた。

 資料は1ページ目から,お二人の著書名が間違ってしまっているなど,行政ではあり得ない代物だったが,発表者の方々のレジュメも印刷されており,聞く手間が省けてとてもよかった。

 『コモン・グッドのための歴史教育』という本は,取り立てて参考にしたい内容はなく,アメリカでも日本と同じような社会科教師の問題があるのだなということがよくわかった。

 私が気になったのは,バートンさんが今日の発表の冒頭だけでなく,しつこく末尾でも示したゴジラの写真で,その趣旨が伝わってこなかったので最後に「ゴジラの悲しみ」について質問してみたら,1954年の出来事はさすがによくご存じだった。1954年のオリジナルのゴジラ映画もご覧になっていたということで,アメリカの歴史学者にゴジラファンがいるという噂の信憑性も確かめることができた。

 文明への懐疑や社会正義を問う目的で誕生したゴジラが,映画がヒットし,大衆受けすることによって,勧善懲悪的で低俗な話のヒーローに「堕落」させられてしまったことを,私は「ゴジラの悲しみ」という言葉で表現してみたが,その意図は何とか伝わったようだ。

 オバマ大統領には,広島や長崎だけではなく,焼津にも寄っていただきたかった。

 アメリカの学者の本を翻訳する仕事はとても骨が折れるし直接役に立ちそうなことはないこともおわかりだと思うが,アカデミズムの世界では,いまだに「植民地」「占領地」としての礼儀が欠かせないことが伝わってきた。

 『コモン・グッドのための歴史教育』の訳者である大学のセンセイは,日本の学習指導要領を「反民主的」と断罪する原稿をある雑誌の8月号に寄稿されたということだ。

 私は中学校が所属する区の副読本の編集を担当したことがあるが,「為政者が見せたい事例と解釈を直接子どもに伝える」ための仕事はしていない。

 このセンセイの文章には,歴史の知識がないために,他の箇所にも明らかな誤りがあったが,実際に雑誌が出てから,出版社にそれらを指摘するメールを送ろうと考えている。

 バートン先生が,このセンセイ=ゴジラという皮肉をこめていたわけではないことを祈りたい。


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コメント

読書編の方で,記事をUPいたしました。

ご覧いただけると幸いです。

あと,私は焼津の人間ではないので,そちらのHPのご訂正をお願いいたします。

匿名ブログであるのは,諸事情があるためで,ご容赦ください。

こちらのブログの文章で,「取り立てて参考になる」は「取り立てて参考にしたい」に訂正してあります。

内容に不満だったわけではなく,当時,私自身が参考にしたい部分がなかっただけです。

思い込みは禁物ですよ。

主催者である馬鹿な大学教員の渡部です。
わざわざ例の会に来ていただいてありがとうございました。
率直な感想を書いていただけてありがたいです。
何もコメントがないより、ましです。

コモングッド、お気に召さず、残念です。
でも、あれでも「感動した」といって、学校改革の参考にされている方もいるのです。
その事実は、知っていただきたい。(まあ、その人たちを馬鹿にされるのも自由です)

アスペルガーセンセイのところ、興味深く読ませていただきました。
ブログで自分の主張を自信満々に(たいした証拠もなく現場での経験則から一方的に)述べる方は、私から見ると、結構、アスペルガーな感じがしますが、どうでしょうか?
大学の先生はこの程度だと決めつけて、あらさがしをされる方も困ったものです。

私の8月号の原稿ですが、
①指導要領の反民主的な面、これを直接主張しているのは私ではなく、森分氏です。
②8月号の原稿で示している歴史の話は、現場教師(つまり私ではない方)の実践での話しですから、私の歴史認識云々の話ではないはずです。

もうちょっと、丁寧に読んでいただきたい・・・と思わなくもないのですが
まあ、確かに指導要領の「反民主的」な面を私も合意しているので、①のご指摘はおおむね正しいでしょう。
②について、どこに間違いがあるのか、私に直接お知らせいただければ、HP上で訂正しておきます。あの原稿の歴史指摘が不正確であり、それを知らず現場の方が実践してしまっては不味いので。

ご指摘お待ちしております。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より
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    「春秋の名君」より
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    「歴史の活力」より
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    「歴史の活力」より
  • 黄河の流れは悠久とやむことはない。河床もあがりつづけるのである。いくら堤防の高さをましてもらちのないことであった。
    「侠骨記」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
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    「奇貨居くべし 春風篇」より
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    「子産(下)」より
  • 人というものは、恩は忘れるが、怨みは忘れぬ。
    「孟嘗君 5」より
  • 人はたれにもあやまちがあります。あやまちを犯しても改めれば、これほど善いことはありません。『詩』に、初めはたれでも善いが、終わりを善くする者は鮮(すくな)い、とあるように、あやまちをおぎなう者はすくないのです。
    「沙中の回廊(下)」より
  • 「わたしは侈っている者を烈しく憎まない。なぜなら侈っている者はおのずと滅ぶ。が、なまけている者はどうか。わたしはなまけている者をもっとも憎む」
    「沙中の回廊(下)」より
  • 人を得ようとしたければ、まずその人のために勤めねばならぬ。すなわち、晋が諸侯を従えたいのであれば、諸侯のために骨折りをしなければならない。
    「子産(上)」より
  • 知るということは、活かすということをして、はじめて知るといえる。
    「青雲はるかに(上)」より
  • 師はつねに偉く、弟子はつねに劣っているものでもない。弟子の美点に敬意をいだける師こそ、真に師とよんでさしつかえない人なのではないか。
    「孟嘗君 2」より
  • 人を家にたとえると、目は窓にあたる。窓は外光や外気を室内にとりいれるが、室内の明暗をもうつす。そのように目は心の清濁や明暗をうつす。
    「孟嘗君 2」より
  • 人にものごとを問うということは、質問そのものに、問うた者の叡知があらわれるものである。
    「孟嘗君 3」より
  • 人から嫌われることを、避けようとする者は、心の修養ができていないことである。
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  • 人を利用すれば、かならず人に利用される。・・・企てというのは、人に頼ろうとする気が生じたとき、すでに失敗しているといってよい。
    「太公望 中」より
  • 与えられてばかりで、与えることをしないことを、むさぼると申します。むさぼった者は、なべて終わりがよくない
    「孟夏の太陽」より
  • ・・・料理をつくりながら、人と組織とをみきわめたのか。素材が人であれば、素材を合わせてつくった料理が組織である。それ自体はにがく、からいものでも、他の素材と合わされば、うまさを引きだすことができる。煮るとか蒸すとかいうことが、政治なのかもしれない。
    「太公望 中」より
  • 他人を変革するためには、まず自己を改革しなければならね。
    「太公望 中」より
  • 人が何かを得るには、二通りあります。与えられるか、自分で取るかです。(中略)与えられることになれた者は、その物の価値がわからず、真の保有を知りませんから、けっきょく豊さに達しないのです。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • みじかいなわしかついていないつるべでは、深い井戸の水を汲むことはできない。
    「奇貨居くべし 黄河編」より
  • 人は目にみえるものを信じるが、そのことにはかぎりがあり、けっきょく、人が本当に信じるものは、目にみえぬものだ
    「晏子」第二巻より
  • 人にはそれぞれこだわりがあり、そのこだわりを捨てて、変化してゆく現実や環境に順応してゆくことの、何とむずかしいことか。
    「奇貨居くべし 飛翔篇」より
  • 失敗を心中でひきずりつづけると、起死回生の機をとらえそこなう。それは戦場における教訓にすぎないともいえるが、大きな勝利とは、相手の失敗につけこむのではなく、自分の失敗を活かすところにある。楽毅の信念はそうである。
    「楽毅」第四巻より
  • 人の頭脳のなかの眼力は、木の幹にあたるであろうが、幹をささえるものは知識という葉ではない。根である。根は地上の者ではどうすることもできない伸びかたをする。その根は天から落ちてくる水を吸い、人からあたえられる水も吸って太ってゆく。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • 大木にするためには、幹の生長に目をうばわれがちであるが、地中の根を大きく張らせることを忘れてはならない。花を咲かせることをいそぐと、花のあとの結実をおろそかにしてしまう。要するに、大木でなければ豊かな実をつけないということである。
    「奇貨居くべし 春風篇」より
  • あらゆる事態を想定して準備を怠らず、変化に対応できるようなトップでいなければならない。
    「中国古典の言行録」より