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法令の解釈を異なる場面で示すことで矛盾が明らかになっていく

 学校教育法施行規則第110条2項の「学力検査」とは何か。

 次のような見解があるらしい。「学力検査」とは・・・

>学校の各教科の内容に即した、受験に向けた反復訓練等により正答率を高めることが可能な知識・技能を測る検査
 

 しかし,「受験に向けた反復練習等で正答率を高める」ことが可能なのは,何も「知識・技能」に限らない。

 なぜなら,「思考・表現」の問題でも,パターンが決まっているものがたくさんあるから。

 
 この定義の最大の問題は,どこにあるかというと,「学力検査」は「知識・技能」を測る検査だ,としている点にある。

 この定義だと,「思考力や表現力」を問うような問題は,「学力検査」問題ではない,ということになる。


 最も痛い点は,「思考力や表現力は学力とは呼べない」と解釈されてしまっていることである。


 今後の大学入試問題で問われようとしているものは何か。


 「適性検査」が「学力検査」にはあたらないという解釈をするために,

 無理矢理「学力検査」の定義を狭めてしまったため,

 これからの大学入試は「学力検査」とは呼べなくなってしまった。
 
 大学入試も「適性検査」の時代になっていくのか。


 今のところ,最も哀しい出来事は,「適性検査」を受けて公立中高一貫校に入った

 子どもたちが,「学力検査」でいい点がとれるような教育をせっせと受けさせられていることにある。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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