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成長し続ける「後期高齢者」と衰え続ける「老人」

 年を取れば,体力が衰えていく。

 さらに,頭もかたくなっていって,融通がきかなくなる。

 気に入らないものはこきおろし続け,悪態をつきまくる。

 私のかつての「老人観」はそんなものだった。

 
 しかし,研究会などで一緒になる方々,私の先輩方の中には,

 「高齢者」だけでなく「後期高齢者」でも,全く逆の姿を見せてくれる人がいる。


 学び続ける態度を崩さない。

 難しい言葉でも,理解しようと努力する。

 アンテナの高さでなく,

 心の広さも「こうありたい」と思わせてくれる。


 教師の語る言葉の中には,独特なものがある。

 私の知っているある先生の書いた文章は,とても癖のあるものだが,

 「一部の教師にしかわからないニュアンス」をただ毛嫌いしているだけだと,

 どうあがいてもそういう教師のレベルには到達できない。


 向学心や向上心のある教師たちは,

 わかりにくい文章からでも,必死に「意味」を理解しようとする。

 
 人間関係そのものに求められる態度も,全く同じことである。

 特に今の子どもと教師,親と教師の関係などは,一昔前の教師たちには想像できないくらい難しくなっている。

 
 以心伝心が難しい間柄ではあるが,「いつかは理解してもらえる」

 「どうにか理解し合おうと努力する」姿勢を失った時点で,

 自分の成長はストップする。


 これから増え続けるであろう「衰えるしかないネット老人」たちを救うには,

 「視野の広さを競い合おうとする環境の創造」が欠かせない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より