ウェブページ

最近のトラックバック

本の検索・注文


  • サーチする:
    Amazon.co.jp のロゴ

« 猫も杓子もアクティブ・ラーニング | トップページ | 「ジャーナリズムは政府の手先」と思われるようになってしまった国 »

理想とはかけ離れた弊害が生まれる部活動

 「知らないのは先生だけでしたよ」

 部活動の中で生まれる様々な人間関係を,教師がすべて把握するのは不可能である。

 技能がどうこうとか勝敗がどうとかしか語れない教師たちは,陰で何を言われているかわからないと自覚しておくべきだろう。

 人間の世界には,教育関係でもそうでなくても,ドロドロしたものがある。

 それが見えないか見るつもりのない「おめでたい」人間だと,

 「理想が実現できる」とかいった「きれいごと」が書けてしまうのだろう。


 バドミントン選手が賭博行為をした問題の背景には,

 「部活動の上下関係が影響していた」ことが明らかにされている。

 決して「きれいごと」ではない濃密な人間関係が生まれる・・・したがって,先輩による後輩への「いじめ」も起こりやすい場が部活動であり,まともな教師なら「そんなことは起こりえない」などと言えない世界である。


 人間には,ときとして自分が何も見えていないことに気づけない性質がある。

 教師の場合には,そこに気づける絶好のチャンスが与えられることがある。

 私は高校・大学と野球部に所属していたが,中学校で最初に指導したのはバスケットボール部である。

 その場で学べたことは数知れない。

 当時は,「コーチング」という言葉を聞いたことはなかったが,「ティーチング」ではない働きかけの手法が明らかに求められていた。

 さらに,顧問会などに参加することによって,バスケットボールの指導者たちの世界の問題も見えてきた。

 それは同時に,野球の指導者たちの問題を自覚するきっかけにもなっている。

 専門ではないからといって,尻込みしている場合ではない。

 すべては「学ぶ場」である,ということに気づかされた経験は貴重であった。

にほんブログ村 教育ブログ 教育論・教育問題へにほんブログ村 教育ブログ 教師教育・教員養成へにほんブログ村 教育ブログ 社会科教育へ
教育問題・教育論 ブログランキングへ

« 猫も杓子もアクティブ・ラーニング | トップページ | 「ジャーナリズムは政府の手先」と思われるようになってしまった国 »

教育」カテゴリの記事

学校選択制」カテゴリの記事

教育改革」カテゴリの記事

リーダーシップ」カテゴリの記事

いじめ問題」カテゴリの記事

ブログネタ」カテゴリの記事

学校評価」カテゴリの記事

教職教育」カテゴリの記事

仕事術」カテゴリの記事

教師の逆コンピテンシー」カテゴリの記事

小中連携」カテゴリの記事

道徳」カテゴリの記事

教育実習」カテゴリの記事

教員の評価」カテゴリの記事

教員研修」カテゴリの記事

生活指導」カテゴリの記事

『学び合い』」カテゴリの記事

アクティブ・ラーニング」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 理想とはかけ離れた弊害が生まれる部活動:

« 猫も杓子もアクティブ・ラーニング | トップページ | 「ジャーナリズムは政府の手先」と思われるようになってしまった国 »

2019年11月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
無料ブログはココログ

宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より