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校長のお仕事

 ある管理職研修での雑談で,ある校長が

 「私の仕事は2つでした」

 「朝礼(集会)での挨拶と,謝ることです」と話されたそうで,

 ニュース等では確かに所属する学校の教師の犯罪やいじめが起こったときに校長などが「謝罪」する姿がよく映し出されますが,見たとおりの印象の「仕事観」があるということがわかります。

 学校のカリキュラムも含めたマネジメントの「核」であるはずの校長が,実際には「お飾り」であることがよくわかるエピソードです。

 ただし,別の校長からは,こんな言葉も。

 「私は謝った記憶がない」

 「謝るべき出来事はたくさんあった」

 「謝る仕事は,みんな副校長や先生方がしてくれた」

 「校長の仕事が何もない学校がいい学校だ」

 という言葉が昔からありましたが,中には学校だよりをつくることと庭いじりしか仕事がない方がいるようで,今度は教育委員会,教育長のマネジメント能力が問われてくるはずです。

 ただ,あの自治体のように,退職校長が教育長についているようなところでは・・・・。

 法律よりも,「慣習」が優先する場所は,現代の日本でもいたるところに残っているようです。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より