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「テスト嫌い」な子どもを「テスト好き」に変える方法

 「テスト嫌い」な子どもを「テスト好き」な子どもに変える方法がある。

 原理・原則は,

 「テストをすることで学力が向上する実感をもたせる」

 「テストをすることで達成感が得られる」

 「テストをすることで個性が発揮できる」

 「テストの結果で先生や親から褒められる」などである。

 「なぜテストが嫌いなのか」を考えれば,このような原理・原則はすぐわかるはずである。
 
 覚えていればできてしまうような「確認テスト」では,「学力が向上する実感」や「達成感」は得られない。

 もちろんこうしたテストが必要な面もあるが,「テスト好き」に変えるには,

 「解いたり考えたりすること自体が面白い」テストであることが重要である。

 こういうテストが作れるかどうかは,

 「解いたり考えたりすることが面白い」授業が展開できるかどうかで決まってくる。

 そういう授業ができると自慢している教師たちなら,

 子どもが「テスト好き」に変わるようなテストはいくらでも作れるはずである。

 テストは,学力向上の結果だけを確かめるためのものではない。

 学力向上の手段としてのテストがある。

 この意味がわからない人は,

 診断的評価

 形成的評価

 総括的評価

 の違いをもう一度勉強し直せばよい。

 テストを通して学力を向上させているのが塾や通信添削などの教育産業である。

 学校がこういうところより何十年も遅れた教育方法をとり続けてはならない。

 学校がだめなら,他の方法をとる,保護者の判断は正しい。

 「学力調査の問題を練習させることはおかしい」という

 文部科学大臣の発言は,

 半世紀前の教育の感覚しかわからないことを証明している。

 学力調査を行う趣旨も理解していないことを暴露してしまっている。

 だから公立学校を国民が信用できないのである。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より