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嫌いな人間にそっくりになっていく人間たち

 「あんな人間にはなりたくない」と思っている相手ばかり気になって見続けてしまうせいか,

 いつの間にか自分自身が同じタイプの人間になってしまっている悲しい人を多く目にしてきた。

 「あいつ,人の悪口ばかり言っているから,大嫌い」と嘆くある中学生は,

 人の悪口ばかり言っているために友達から嫌われてしまっている。

 ブログでも,そういう人間にはなりたくないって前の段落に書いてあるのに・・・・

 哀れなことに「自分が今,同じような人間になりました」って証明している記事が見られる。
 

 視野のせまい人は,他人の欠点ばかりに目がいって,

 自分がしているとんでもない行動に関心が向かない。

 「自己の欠点スルー型」かつ「他人の欠点追いかけ型」の人間ほど手に負えないものはない。


 教師と教師,教師の子どもに信頼関係が構築されているかどうかを判断できる簡単な指標は,

 相手の欠点をきちんと指摘し合えているかどうかである。

 一方的ではいけない。

 中学校1年生くらいだと,子どもも親も教師に対して言いたい放題のところがある。

 進路が近くなると,言いたいことも言いにくい状況になってくるので,

 正直に子どもが話せるできるだけ早い時期に信頼関係をつくることが中学校教師にとっては重要である。

 理不尽な「苦情」でも,真実を見極めていこうときちんと受け止められる教師でありたい。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より