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いじめ対策に使える統計資料はどこにある?

 以前にも書いたことだが,文科省が取っているいじめの統計は,

 学校→教育委員会→文科省 という経路で報告された数字がもとになっている。

 「これを調査統計とは呼べない」という言葉の意味はわかるだろうか。

 行政側の「認知件数」と,実際のいじめの「発生件数」が同じではないことは,中学生の方がよくわかるかもしれない。

 読書編で紹介した『右肩下がりの君たちへ』の中で,

 「文科省らしさ」とは何かがわかりやすいエピソードが示されている。

>サルトルの『嘔吐』に出てくる独学者みたいに百科事典を第一巻からていねいに読んで,また心配になると最初から読むという。そういう仕事ぶりが好まれる場所ですよ。文科省と,環境省もそうですね。

 具体的には書けないが,「過去の文書の書きっぷりをいじれない」という縛りは本当にマイナスにはたらいており,「だからろくなものができない」ことは多くの人が知っているはずである。

 手足が縛られた状態の方が好き,というタイプでないと,やっていけない職場のような気がしている。

 教師の立場からは言いにくいことだが,次のような指摘も的を射ている。

>でもいじめに限らずですが,教員の人材や働き方といった基本的なところを見直さなければ,教育問題は改善しません。統計の取り方を変えるだけでこんなに難航するとなると,気が遠くなります。

 結論が「根本的ないじめ対策を国に期待しないほうがいい」ということでは,文科省などそれこそ「リストラの有力ターゲットの官庁」になってしまう。

 少なくとも,統計に関する知識の研修は,すぐにでも始めていただきたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より