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他人になりすまして自分のブログにコメントを入れる人

 村に溢れる匿名のブログ記事の内容に対して,どれだけ信頼を寄せてくれる読者がいるかはわからないが,世の中の動きの背景に何があるか,あらゆることの可能性を排除しない主義の人ならば,あらゆる文章にそれなりの価値が生まれる。

 一見するとどうでもよい記事でも,なぜこの人はこれほどまでに情熱をかけて,リアクションのない相手をこき下ろし続けるのか,そのエネルギーの源泉は何なのかを想像することは,身近にいる「困った人」の扱いの参考になる可能性がある。

 ほとんど内容のない自分の記事に対して,他人になりすまして自分をほめるコメントを書き込む人。

 「治療法」としての効果があり,だれにも迷惑をかけない行為であって,それで本人の攻撃性が弱まれば,むしろ周囲は助かる・・・。

 ただ,「嘘は許されない」という価値観を最優先すれば,「そんな人間の存在自体が許せない」という「怒りの誘発・刺激剤」になってしまう。

 アドレナリンを出すことが「生きがい」「生きている実感がわく」状態になる人にとって,人を怒らせることは,次に自分が逆ギレするための「エサまき」になっている。

 昔,歳をとると怒りっぽくなる,という人がいた。

 わがままな年寄りを大目に見てやってくれ,という趣旨の発言だったと思うが,孤独で怒りっぽい老人は本当に手がつけられない。

 ただコンピュータに向かって悪口を書いているだけですんでいるうちは,それでよしとするしかあるまい。

 「不良老人」になっていく団塊の世代が増えて,いずれ刑務所か老人ホームかわからない施設が増えていってしまうことだけは避けたいものである。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より