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学校の授業が塾と同化する弊害

 「入試が変われば,教育が変わる」

 この言葉の背景には,入試を突破するということだけを目的に教育が行われるようになっている実態があるわけです。

 しかし,入試はなくても,授業を変えない,授業が変わらない,という問題はあるようです。

 ある私立の小中高大一貫の先生に伺った話では,社会科の授業はひたすらプリントの穴埋めをしていくようなもので,当然,テストも似たようなものになると。

 塾のような授業の特徴は,

 教員免許状をもっていない大学生でも教えられる。

 子どもは穴埋めの言葉を覚えるだけだから,テストで点数もとりやすい。

 テストで高得点をとれる子どもが多いから,教師も子どももそれなりに達成感がある。

 仕事や勉強をした気になる。

 ・・・・入試はなくても授業は楽な方にいくわけです。

 下手に小中学校で,「課題追究型の学習」を実践されると,

 自分で疑問を立てなければならない

 自分で教科書に書いていないことも調べなければならない

 自分で調べたことをまとめなければならない

 自分でまとめたことをもとに,わかりやすいプレゼン資料をつくらなければならない

 自分で作ったプレゼン資料をもとに,発表しなければならない

 自分の発表だけでなく,他の生徒の発表を聞かなければならない

 他の生徒の発表を聞いて,自分なりの意見を考え,質問や発表をしなければならない

 自分の発表に対する他人の質問や反論に,しっかりと根拠をもって答えなければならない

 ・・・・・・・

 こういう「授業」をしている塾はないでしょう。

 ひたすらテキストを進めて,過去の傾向からある程度予想可能な入試問題が解けるようにする場所が塾だからです。
 
 もし,最初に紹介した私立の小中高大一貫校のような授業が「スタンダード」になってしまったら・・・。

 学習指導要領を変えても,ほとんど意味はないことがわかってしまいます。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より