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中3自殺の中学校【調査報告書】から学ぶべきこと

 高校入試は,心が大きく揺れ動き,自分でもコントロールが難しくなる15歳にとって,非常に大きなプレッシャーになるものである。

 だからこそ「ゆとり」の中で生きる力を重視する教育の大切さが叫ばれ,公立の「中高一貫校」が全国に誕生することになった。

 公立の「中高一貫校」で実施されている「適性検査」は,実質的に「学力検査」よりも高度で,「塾での指導が高得点に直結しやすい」特殊な「試験問題」になってしまった。
 
 「受験時期の前倒し」は,負担をかける場所が小学校に移っただけのように見えるが,吸収力の高い小学生にとっては,「能力を高めるよい機会」になっているという考え方もある。


 さて,本題に戻す。テーマは広島での中3自殺である。

 【調査報告書】には,全国の中学校への警鐘として読んでもらいたい箇所がある。

 「荒れた学校」には特に。

 規律を重視した生活指導,ルールを破った者は推薦しない,という進路指導のどこに落とし穴があるのか。


 生活指導で「厳しい」学校を落ち着かせるには,「厳しい」生活指導で,という考え方は正しいのか,間違っているのか。


 生徒が多くの問題行動を起こすのは,「厳しい生活指導をしなかったから」なのか?


 「先生はどうせ聞いてくれない」という「あきらめ」を中学生に抱かせるのが「生活指導」なのか?


 生活指導では,ときに「押さえる」べきときがある。

 「いじめ」や「暴力」がそれにあたる。もちろん,「暴力」を「暴力」で「押さえつける」ということではない。

 「押さえ」がきく教師ばかりでないのは仕方がない。


 「指導の一貫性が大事」だからといって,すべての教師が闇雲に「押さえ」にかかると,生徒は思いもかけない突発的というか暴発的な行動にでることがある。

 これは,教師の側が原因で引き起こされる,教師にとっても生徒にとっても「災難」とよぶべきものである。
 
 
 まだ15歳の春のイメージなど全くわかない小学校7年生たちが,仮に問題行動を起こしたとして,これが原因で「学校推薦が受けられない」というペナルティが科せられる中学校は,「教育機関」ではないことが明白である。

 「問題行動前科者」には,「推薦資格」は与えられない。

 このことだけでも「教育の場」と言えるかどうかが議論になり得るのだが,

 
 自殺をしてしまった中3生徒は,「該当者」ではなかったのに,生活指導の担当者が記録の訂正を怠ったために「該当者」扱いされてしまったという。


 死を選んでしまうほどの生徒の絶望感を3年もかけてじっくりと育ててしまった中学校の生活指導,進路指導はどのようなものだったのか。

 調査報告書に書かれている「指導体制」の杜撰さは,他の学校でもいくらでもありうるものである。

 
 今後,校長の肩に過去にないほどの重圧がかかってくる時代になるだろう。

 
 だれも管理職になる気がなくなる学校現場を救えるのはだれか。

 
 現職の管理職はもちろんだが,「調査報告書」を読んで,二度と悲劇を繰り返さないという強い意思がもてる人が少しでも増えてくれることを祈りたい。

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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
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