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どんなに偏差値が高い学校でも,1学年に200人いたら,200番の生徒がいる

 校内の偏差値が低いある高校生が,ある塾に通って,有名大学に進学した,という話は,調べてみたら,

 もともと偏差値が高い高校の校内偏差値が低い人物だった,という話がある。

 どんなに偏差値が高い学校でも,成績が下位の生徒がいる。

 得点順に並べたら,200人いれば必ず200番がいる。

 最下位の200番と中位の100番の生徒の得点差が数点違い・・・なんていうことはない。

 1クラス15人くらいで運営する塾の中でならありうるかもしれないが。

 どんなに偏差値が低い学校でも,必ず校内順位が1位の生徒はいる。

 成績だけで見た場合に限っても,どちらの方が子どもにとって幸せか,本人にも簡単には説明できないだろう。

 ~という有名校の生徒という「看板」に,どれだけの意味があるか。

 塾と同じように内容を先取りして学習している学校の授業に,どれだけの意味があるのか。

 成績下位の子どもたちがどのような苦悩を抱えて学校や塾での生活を送っているのか。

 この子どもたちは将来,どのような立ち位置を社会で見つけていくのか。

 取り越し苦労であってほしいが,どうしても気になってしまう。

 ある有名国立小学校の保護者が,面談で,「こんな成績では困るから,塾に通わせた方がいい」と言われたそうだ。

 あきれて言葉も出ない。


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より