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授業における教師の粘着力のあるコミュニケーション

 教育実習をひかえた大学生の模擬授業をみていると,

 多くの大学生が子ども(役)とのコミュニケーションをとてもあっさりと「流し」ながら進めていることが気にかかります。

 これは,いつも教育実習生の最初の授業で気になることで,指摘し続けていることだからです。

 背景には,「早く先に進まなければならない」という切迫感や,

 「こちら(授業者)側が深くつっこまれたら困る」という不安感があるようですから,

 無理矢理変えさせる必要はないのですが,

 淡泊なやりとりを続けていると,やがて子どもは発言してくれなくなってしまうのです。

 ですから,できれば「聞き直し」「問い直し」を増やして,

 より正確な生徒の意図をくみとれるようにしたり,より具体的な内容を生徒に語らせることに授業者はつとめるべきなのです。

 私の場合は悪い例かもしれませんが,

 1対1のやりとりをしばらく続けてしまうことがあります。

 ただ,それは全員が集中して聞いてくれる空気を感じるから行っていることであり,

 子どもと教師の対話のおもしろさに教師である自分自身はもちろん,子どもたちも引き込まれるからこそ行うことなのです。

 授業の中で,小さいことから議論が多方面に広がっていく過程,

 わずかな気づきが深い認識につながっていく過程を周囲も体感できる「対話」は貴重なのです。

 こういう「粘着力」は,教師自身の教材そのものへの姿勢にもつながっていきます。

 子どもの方がとても鋭い,斬新な視点で課題に気づく場合もあり,

 それを見逃すまいとする教師の姿勢も大切です。

 そういう姿勢を教師が持っていれば,

 あいまいな発言をそのまま放置することはあり得ません。

 子どもの表現力を豊かにしてあげるには,教師や他の生徒による様々な「言い換え」に,最初の表現をした子どもがどんな反応を示すかを敏感に見て,「本当に言いたかったこと」が言えるように支援してあげるという方法があります。強い粘着力で,奥にあったものを引っ張り出すイメージです。


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  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
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  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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