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学校選びの基準~ただでさえ同質性の高い日本で・・・

 読書編で紹介したニューズウィーク日本版3月22月号の特集に,「多様性か同質性か 学校選びの新基準」がある。

 アメリカの教育論議で語られる「多様性」には,単なる所得水準の違い以外に,異なる人種や移民との関係性がある。「行き過ぎた多様性」に対する家庭の危惧は,同質性を重視するきっかけになっているようだ。

 同質性の弊害は,

>立場の異なる人の共感や寛容の気持ちが育たず,偏狭なエリート意識に凝り固まってしまうという不安

 であるが,同質性の高い学校で育ってきた人が社会に出てからどうなっているかを数値的に分析することは難しいだろう。

 「不安」は「不信」に成長するやっかいな存在であり,不当なバッシングに結びつくおそれもあるから,学校によってはカリキュラム上で工夫をしているところが多いはずである。

 日本では公立の中高一貫校が増えており,中堅層から富裕層の人気が高まっているが,学校の立場で生徒を集めようとするとき,強調のポイントになっているのが「同質性重視」という環境の宣伝である。

 一般的に公立学校と言えば,似たような仲間というより,多様な友達と切磋琢磨できる場としての魅力があるわけだが,入学定員の数倍以上の子どもから選抜されている公立中高一貫校は,明らかに「私立型」である。

 「すべての生徒が同じスタートラインに立って学習を始められる」という勧誘の言葉は,入学してからすぐに競争に走らせるための動機付けにもなっている。

 私立の男子校,女子校,国立でも男子校の筑駒のように,性別という点でも同質性を確保している学校の学力は高い。

 同質性が高い環境を重視する背景には「安心感」を得たい,という欲求があるのだが,

 多様化が進む社会の中で,「安心感」を重視した人々が生き残っていくためにとる選択肢は,

 多様性の排除ではないか,という「不安感」「不信感」をどう払拭していくかが課題なのだろう。


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    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
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  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
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  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
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