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嘘はどこまで許されるのか? 嘘が蔓延する背景とは何か?

 「嘘をつくのはいけないこと」とは知りながら,時と場合,相手によって,人は真実とは異なることを伝えることがある。

 ある友達に「だれにも言わないでね。実は・・・・」と打ち明けられたことを,第三者から聞かれたとする。

 「~はなんて言ってた?~は~だったんだよね・・・」

 「・・・いいえ,その話は聞いていません」

 秘密を打ち明けられた友達からの「だれにも言わないで」という願いを,

 第三者の「教えてほしい」という願いより優先した結果,嘘をついたことになるケース。

 もちろん「そのことは言えない」と正直に話せばいいのかもしれないが,

 「言えない」=「あなたが言っている通りだ」というニュアンスになってしまう場合,

 人はとっさに「知らない」と答える。


 母親が,父親以外の男性とつき合っていることを,たまたま見てしまった携帯電話のメールの履歴から知ってしまった子ども。まだ小学生の妹や弟に,「お母さん,今どこ行っているの?」と聞かれて,
 
 「お父さん以外の男の人のところだよ」と事実を伝えることがいいのか。

 それとも,「遠いところに買い物に行った」などといった「嘘」を伝えた方がいいのか。


 「どんなときでも嘘をついてはいけない」わけではないことは,コミュニケーション能力が高い人ならわかるはずである。

 「経歴詐称をした,ニュース解説の切り口が斬新で的確な情報分析ができる人」は,テレビに出るべきではないのか,謝罪すればいいのか。

 「女性には子どもを2人ずつ産んでほしい」という心からの願いを,校長という立場で中学生の子どもたちに伝えるべきか,どうか。

 賛否両論がありうることに対して,最近の流れは,問題点を指摘する側,批判する側に有利に働く傾向にある。

 賛成側に立っていること自体に批判の矛先がまわってくることもある。

 過ちを犯した人間はとことん排除されるべきだという風潮は,社会にとってプラスとなるか,マイナスとなるか。

 「嘘の蔓延」の背景には,どんな「空気」があるのかを探っていくと,どこか思い当たるところが見えてくるかもしれない。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より