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Minecraftでの建築技術対戦

 Minecraftというゲームに初めて取組む10歳と60歳では,

 どちらがより魅力的な世界をつくりあげることができるだろうか。

 60歳の人には,世界を旅したり,仕事や趣味を通して多くの人やモノに出会った経験があり,

 10歳の小学生にはそれらが決定的に欠けている。

 それなのに・・・・。

 私には娘のつくっているような建物をつくる気力はない。

 起伏の激しい広大な世界の,どこに何をどのようにつくるか。

 娘はあっという間に決断し,「自分の世界」をつくりあげることができる。

 建造物の破壊は指先一つでおわり,いくらでも再建が可能である。

 試しにつくってみては,壊したり手直ししたり,自由自在にデザインしている。

 空間認識が最も育ちやすい時期に取り組むと,その後の脳の発達にもよい影響が出るのではないかと期待してしまう。

 ICTは,大人を超える子どもをつくれるということを信じたくない大人がいることはよくわかる。

 もちろん,経験は最大の武器だが,大人というのは経験しない方がよかったこともたくさん持っている悲しい生きものである。

 いかに幸福な人生を送っているか,不幸な人生を送ってきたかは,書かれている文章を読めばよく伝わってくる。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より