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能力や態度の評価は難しい・・・なぜなら

 今日,できるようになったことが,次の日にはできなくなっている。

 またしばらくしてできるようになる・・・・「能力」の評価は難しいのです。

 できたりできなかったりするから。

 ですから,評価は客観性が大事というより,そもそもできたときはこう,できなかったときはこう,と示すしかない。

 だんだんとできるようにはなっているけれど,またできなくなるかもしれない。

 道徳の面の評価をこれからするようになったとしたら,正直に書けばそういうことになります。

 2勝8敗が,3勝7敗くらいになれば,「少しは進歩している」と言える。

 出発点が低ければ,「進歩」の幅も大きくなる。

 人より「進歩」したはずなのに,能力は全然低いまま。出発点がゼロに近かったから。

 一体だれが,どのような「評価」を必要としているのでしょう。

 高い「評価」をもらった次の日に,正反対の悪いことをした場合,

 「評価」は出し直さなければならないのでしょうか?

 「教育」の難しさの一端が垣間見えませんか?


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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より