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「小学生レベル」となめてはいけない

 人の悪口を書くことに熱意を燃やすネット住民がいるが,

 本来,攻撃対象ではない「周辺部分」に飛び火する言葉使いが少なくない。

 かつて,「小学生以下」などという侮蔑語を使うことの無神経さを指摘したが,

 「小学生レベル」とけなす言葉も考えものであうことも言っておきたい。

 なぜなら,大人顔負けの文章を書く「小学生」はいくらでもいるからである。

 中学受験をする児童が多い小学校にいた教師はよくわかるだろうが,

 文章力を塾で鍛えられている子どももたくさんいる。

 私が小学校の先生とTTを行うため,研究授業に訪れた小学校の児童はみな優秀だった。

 中学生顔負けの文章表現ができていた。

 高等学校の国語で,「表現力」が磨かれるように学習指導要領の内容を変えていく方針のようだが,

 読むことをしなければ,書くこともできない。

 書けないだけでなく読めない高校生が増えていくと思われる。

 ちなみに,小学生でも5年生や6年生になれば「歯舞」は読める。

 小学校の教師の中には,「小学生ならこの程度でよい」などと「ハードル」を思い切り下げて,自分の指導力のなさを誤魔化そうとする人がいる。

 もっともっと鍛えてほしい。

 子どもの成長には限界はない,という思いを込めて。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より