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再生可能エネルギーが破壊するもの

 風力発電のために設置された風車が引き起こす騒音や振動,太陽光発電のために設置されたパネルの反射光による高温などによる健康被害が各地から報告されている。

 国立公園内の樹木を無許可で伐採し,太陽光パネルを設置した業者も摘発されている。

 原子力発電も同様に,導入時は「化石燃料の代替エネルギー」として注目され,期待を集めたが,再生可能エネルギーの場合は,負の側面があまり重視されてこなかった気がする。

 国土にしめる居住に適した平野の面積の割合が小さい日本では,居住者を犠牲にしないエネルギー開発を進めていくべきなのだが,「お金で解決」されてきた面が大きい。

 健康をお金で売ってまで,化石燃料の消費をくいとめる必要があるのだろうか。

 「エネルギー環境教育」という分野があるようだが,このような教育を進めるための「お金の出所」には注意が必要である。

 「ナントカ教育」を推進するとき,よく行われるのが「作文コンクール」である。

 優秀賞の景品など副賞が異常に豪華だったのが,「原子力発電の意義」をテーマにした作文コンクールであった。

 原子力発電がそうであるように,今後,再生可能エネルギーの負の側面も教科書にははっきりと明記すべきである。

 「教科書に書いてあることしか知らないと不利益を被る可能性がある社会的事象リスト」を内閣府か消費者庁で作成していただきたい。

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宮城谷昌光の言葉

  • 雲のうえに頂をもつ高山を登ろうとするのに、その山相のすさまじさに圧倒され、おじけづいていては何もはじまらない。最初の一歩を踏み出さねば、山頂は近づいてこない。
    「楽毅」第四巻より
  • みごとなものだ。斂(おさ)めるところは斂め、棄てるところは棄てている。楽氏が棄てたところに、われわれの生きる道がある。
    「楽毅」第四巻より
  • 去ってゆく千里の馬を追っても、とても追いつかぬぞ。千里の馬の尾をつかむには、その脚が停まったときしかない
    「楽毅」第四巻より
  • ・・・つくづく人のふしぎさを感じた。道を歩く者は、足もとの石をたしかめようとしないということである。千里のかなたを照らす宝石がころがっていても、気がつかない。それほどの名宝は深山幽谷に踏みこまなければ得られないとおもいこんでいる。
    「楽毅」第三巻より
  • この城をもっとたやすく落とすべきであった。たやすく得たものは、たやすく手放せる。
    「楽毅」第二巻より
  • なにかを信じつづけることはむずかしい。それより、信じつづけたことをやめるほうが、さらにむずかしい。
    「楽毅」第二巻より
  • からだで、皮膚で、感じるところに自身をおくことをせず、頭で判断したことに自身を縛りつけておくのは、賢明ではなく、むしろ怠慢なのではないか
    「楽毅」第二巻より
  • こうする、ああする、といちいち目的と行動とを配下におしえつづけてゆけば、配下はただ命令を待つだけで、思考をしなくなる。この四人はいつなんどき多数の兵を指揮することになるかもしれず、そのときにそなえて自立した思考力をもつ必要がある。
    「楽毅」第二巻より
  • 人は自分の存在を最小にすることによって最大を得ることができる
    「楽毅」第三巻より
  • 勇と智とをあわせもっている者は、攻めるときよりも退くときに、なにかをなすときより、なにもなさないときに、その良質をあらわす
    「楽毅」第二巻より